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88回目 変革の時代の経営

「天下布武」とは

戦国時代、毛利氏に外交僧として仕えた安国寺恵瓊が「信長之代、五年、三 年は持たるべく候。明年辺は公家などに成さるべく候かと見及び申候。左候 て後、高ころびに、あおのけに転ばれ候ずると見え申候。藤吉郎さりとては の者にて候」と信長の破滅と秀吉の登場を予見した言葉を残しています。 見るべき目を以てすれば、世相に自ずから見えるものがあったのでしょう。
ただそう予見をした安国寺恵瓊ですが、その後の「関ヶ原の戦い」では西軍 に組して敗れ六条河原で斬首されてしまいます。 この人とは別に、戦国の世相を予見できただろうと思えるのは黒田官兵衛で、 一言多かったがために秀吉に警戒されて不遇をかこったのですが、たくみに その一生を全うして次代に家門を引き継いでいます。

その黒田官兵衛ですが「関ヶ原の戦い」の折には大勝負に出て、天下をうか がおうとして己の才気をふり絞り九州一円の制覇をはかりました。 結局は、関ヶ原での戦いがあっけなく決着がついたがために矛を収めざるを 得ず、東軍側のために働いた態にして身を引いています。
さすがに大軍師で、時代相を見切って手に取るように紐解けたのでしょう。 黒田官兵衛は、最初織田信長の進取の風に感じて誼を通じました。
その後は方面軍の担当武将である羽柴秀吉との関わりが強くなり、その傘下 に入りその秀吉の人柄に接して盛り立てていくことになります。
この官兵衛ですが、その後のいろいろの経緯もあり信長には一定の距離を取 っているような節があります。

安国寺恵瓊が信長の破滅を予見し、黒田官兵衛と同じ資質を持つ竹中半兵衛 は最初から信長には近づかないように身を処しています。
ハード、ソフトの両面でのイノベーター(革新者)であって、力ある者を出 自、門地にかかわらず大抜擢する日の出の勢いの信長に、見るべき目を持っ た人たちは経営者(リーダー)としての欠陥をも見ぬいていたようです。
少し回り道の前置きが長くなったのですが、ここで言いたいのは経営者(リ ーダー)に求めれる資質・能力には普遍の部分もありますが、その一方では 状況によって求められるものは異なるということでもあります。
ちなみに現在はと言うと、そのキーワードは「変化」で「変革」できない経 営者(リーダー)や組織では成長はおろか存続さえできなくなっています。

ここから「あるべき経営者(リーダー)」の役割について考察します。 まず最初に「私たちの仕事は何か」そして「私たちは仕事の目的は何か」を 明らかにして組織の成員に伝え徹底させることです。
起業に際してはもちろん一人で始めることが多いのですが、ブレないために また信念を持って仕事をするためにこのことが必須の基盤となります。
大方の人は「何故そんな七面倒くさいことを言うのだ、要はうまく良い商品 をつくって安く売ればいいんだろう。」とよく言われるのですが。
ここで考えていただきたいのは、時代の要求を応えているという前提はあり ますが、ブレずに一筋に精進するのと気まぐれで散漫に信念もなく仕事をす るのではどちらが顧客に喜んでもらえることになるでしょうか。

次に、最小の資源のインプットでもって最大の成果をアウトプットを実現で きる仕組みをつくりあげることです。 そこで特に重大なのは最大の経営資源たるのは人間であって「個々が持つ特 異な資質・能力を見い出して抜擢し、環境を整えて最大の成果が得られるよ うに支援する。」が仕組みづくりでの目標となります。
「何かお題目が並んで実感できないなぁ~。」な感じでしょうが。 織田信長はこれをどのようにして行ったか?ですが「私たちの仕事は何か」 そして「私たちは仕事の目的は何か」は『天下布武』がそれを示しています。
「武」とは「戈(ほこ)」と「止(とめる)」という字から成ります。 「戈」は生命を絶つ凶器で禍事で、これを止めることが「武」の意味です。

「武」は「七徳の武」で、世の中の民に安寧をもたらすことで、それは「暴 を禁じ、戦をやめ、大を保ち、功を定め、民を安んじ、衆を和し、財を豊か にする」ということで、民の幸福という大目標が示されています。
信長が何故そのような考えに至るのか知る術はないのですが「欲界」の守護 者である「第六天魔王」を自称しているのが象徴的です。
この『天下布武』なのですが、まるで松下幸之助さんの『水道哲学』「物資 を無尽蔵にたらしめ、無代に等しい価格で提供する事・・・それによって、 この世に極楽楽土を建設する。」とする「松下電器の真使命」そのものです。
信長の壮大な戦国経営は、経営の普遍的な原理原則を明確に持ったこの「天 下布武」という「コンセプト(大方針)」の発信からの始まっています。

コンセプトから戦略

「コンセプト」を「戦略」につないで、話をすすめて行きます。 「戦略」とは「コンセプト」の実現のために、いかに創造的にかつ生産的に 実行するかの思いと知恵を結集した成果活動のためマスター・プランです。
「コンセプト」が最も重要で時代を切り開く力強さがあるかどうか、ないの であればその時点で貢献度と競争力が劣ることになります。
よく言われるのですが「うちにも「コンセプト(社是)はあるけれど、大切 なものだとは認識しているけれど、そんな大仰なものなのか」と。
多くの場合は、同業他社がつくっているのだから自社もつくらなければとす るもので、それなりに知恵を絞ってそれなりの文言にまとめあげて、後はホ ームページやパンフレットのうたい文句の一つとして活用しています。

これでは、いまだかってない激しい競争社会にさらされている企業が頂点を 目指すことなどできようはずがなく、力強い経営を導き出せません。 「コンセプト(理念)」は社会が求める渇望や欲求を適えて、組織の絶対価 値を行い得る指針を与えるものでなければなりません。
指針ですので、そこから力強い活動つまり戦略が発想されるものとなります。

また織田信長の『天下布武』に戻り、その意味合いを探って行きます。 民の「七徳」をもたらすためには、暴力と迷信により理不尽に支配し搾取す る一部の既得権益者からあらゆる力を奪いとらなければなりません。
そのために戦略を定めるのですが、その方策が経済力の充実でありその経済 力を背景にしての新システムの構築とその効率的な行使です。

信長の考え方の特徴は、過去の価値観にこだわらないその独創性にあります。 その経済的な基盤においても「農」ではなく「商」に重きを置き、また活動 のあり方も「ムダ・ムリ・ムラ」を嫌って、重点を明確に定めてあらゆる方 策と手段をもちいて生産的に事にあたっています。
そのあり方は、もののみごとに現代のマネジメントの模範例そのものです。 その要領を具体的に解説すると、目的を達成するためには全てを活用するこ と経営資源を新システムのもとで生産的かつ創造的に再構築することです。
将軍(ブランド)を担ぎ上げて大義をもって諸勢力を結集したり、経済基盤 の増強のために商業地域を押さえ関所の撤廃や楽市楽座や撰銭で流通を活発 化させ、土地から切り離した地侍を直属軍団に組み入れています。

この時代の戦国大名の戦闘力の主力は農民兵であって、それ故に合戦を行な われるのは農閑期に限られていました。 いつでも必要な時に軍事行動が行えるようにしたのは、信長がはじめてです。 長槍や鉄砲さらに鉄船などの新兵器の導入や、能力主義により子飼いで育て た武将たちを軍団長として方面軍も創設しています。
軍事力の充実については、旧秩序勢力から資金を調達し逆らうものはたたき 「堺」などの利用価値のあるものは温存しながら経済力を蓄えて行きます。 これらは『天下布武』のために「民」に犠牲を強いることなく行うものなの で、軍事物資の調達も略奪ではなく対価を支払って行なわれました。
時代の見えざる力(世論)は、信長に組してその伸張を歓迎し支えます。

話がかわりますが、秀吉の「中国大返し」も対価を支払ってくれる軍団に農 民が歓迎して兵糧や利便を用意したからこそ成し得たことです。
秀吉はこの方式で軍団の俊敏な機動力を獲得して、戦いに勝利しています。 尾張の弱兵が全国を制覇して行くのは、経済力を基盤にした新兵器や新シス テムさらに新戦術の革新があったからこその勝利です。
少しこじつけの感を拭えないのですが『天下布武』という理想が、因果的に 信長に独創的な発想と実行つまり戦略をもたらして、それが時代の支持を受 けて新たな状況を切り開かせることになりました。
松下さんは「ダム経営」「資金、人材、技術等の余裕のある経営」を行うに 際して「願わないとできませんな。」をその始まりとしています。

孫さんのソフトバンクを見てみます。 理念は「情報革命で人々を幸せに」とあり、何を成したいのかといえば「一 人でも多くの人に喜びや感動を伝えたい」としています。
そのために、時代に必要とされる最先端のテクノロジーと最も優れたビジネ スモデルを用いて、情報革命を推進していくとしています。
面白いのは「孫子の兵法」になぞらえて、自らが「孫の二乗の法則」をつく っていることで、圧倒的ナンバーワンになるために攻撃は最大の防御として 営業、技術開発、M&A、新規事業などなどをガンガンやって、30年以内 に5000社を設立するとしています。
孫さんの戦略は、最先端の技術開発のためにチャレンジを恐れないことです。

稲盛さんの京セラも見て行きますと。
何度もあげさせてもらったように「全従業員の物心両面の幸福を追求すると 同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること。」で、特に「従業員の物心 両面の幸福」が理念の中核をなしています。
そこから生まれたのが、「全員経営」を趣旨とする「アメーバ組織」です。
「アメーバ組織」の特徴は、組織を小集団に分けて市場に直結した採算単位 とすることで自己責任と経営感覚を持つ社員に育てようとするものです。 各単位のリーダーはそれぞれが中心となって自らの計画を立て、メンバー全 員が知恵を絞り努力することで目標を達成していきます。
そうすることで、社員全員が主役となる「参加経営」を実現させて行きます。

条件づけ権力

徳川家康の愛読書に「貞観政要」があり、その中に書かれた内容ですが。 「『創業と守成はいずれが難きや。』唐の太宗(李世民)が、功臣である側 近に尋ねた。その問いに創業をともに戦った房玄齢が「創業が難し。」と答 えた。これに対し魏徴が言った「得たのちは、おごり高ぶる。故に守成が難 し。」それぞれの意見を聞いた太宗は「どちらも難し。創業はなされた。
故 に守成の困難を乗り切ろう」と締めくくった。」とあります。

第一節で先に述べましたように、経営者(リーダー)に求めれる資質・能力 には普遍の部分もありますが、その一方で時代の移ろいによって求められる ものが変わるということもあります。
ここではまず普遍なものついて考えたいのですが、それは「人の活用と処遇」 でこれを間違えたがために多くの組織が崩壊しています。

最大であり稀有な経営資源は人間であって「その人間が持つ個々の資質・能 力を見い出して抜擢し、場を整えて最大の成果が得られるように支援する。」 これが古今東西にかかわらず、マネジメントにおける最も重要な課題です。
「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ。」がその基本で、 貢献したからという理由で地位につけるのは破綻の原因ともなります。
「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ。」は、西郷隆盛が 言ったとも織田信長が言ったとも言われています。 中国最古の歴史書である「書経」には「徳さかんなるは官をさかんにし、功 さかんなるは賞をさかんにす。」という言葉が記されています。
さらに、GEのジャック・ウェルチも「能力と意欲あるものにはチャンスを 与え、成果と貢献のあった者には報酬で応えよ。」と言っているそうで。
古今東西、成功を得る経営者の考える原則は同じのようです。 人の特質・特性は異なりよく言われるのが「外向型、内向型」などの分類で、 一般の理解では、外向型は営業が内向型は事務が向いていると言われます。 経営者が行うマネジメントは、最小の資源をもって最大の効果を得ようとす るもので適材適所でないと成果を得られないのは当然です。
だのに「古くからいるから」とか「ここまで企業を一緒に盛り立ててくれた」 とかさらに「縁故である」からなどで、地位につける場合が多くありますが、 人情としては共感できても大方は破綻します。
「縁故」意外の人については「栄誉と報酬」をもって報いるのが原則です。 この原則を過つと、機能としての組織は不全を来します。

当然の話をしましたが、最後に信長の没落とマネジメントの関係からマネジ メントの「流行」について考察を行います。 まず権力にはどのような基盤が必要かと言うことを考えてみると、あげられ るのは個人資質で続いて財力、組織でこれがないと権力の行使はできません。 信長は全てにおいて卓抜で成果を実現させています。
次に行使の手段についてですが、経済学者「ガルブレイズ」は「威嚇権力」 「報償権力」そして3つ目に独特な考え「条件づけ権力」をあげています。
さて信長の権力行使について吟味してみますと、信長が行ったのは「威嚇権 力」と「報償権力」で価値観にかかわる「条件づけ権力」については、機能 主義から当初は利用したものの利用価値が薄れると意を注がなくなります。

また人材の活用についても、当初機能第一の必要性より能力ある者、活用で きる者を抜擢し場を与えその活躍に応じて多大の報償を与えましたが、後に 目標が達成してくるとその態度を変化させて行きます。
「狡兎死して走狗煮らる」の喩のように、敵が壊滅すると利用価値のなくな った武将から無慈悲に追放を行われることになりました。
これは信長の美意識でもあって機能主義の極端な行動パターンです。 室町将軍にはじまり天皇にも及びそうな気配を持ち始めたときに、天下布武 を可能にしたはずの機能主義が明智光秀の暴発を誘うことになったようです。
日本人の潜在的な価値観では「能力主義」は容認しますが「帰属意識」を持 つメンバーに対する危害は自らにも及ぶことでもあり忌避します。

現代の経営者でも、自己の都合で「帰属意識」を持つ社員を解雇することが ありますが、日本人の感性に合わずで「条件づけ権力」の放擲になります。
信長の場合は天下を制する目前でもあり、功少なきであっても「小禄」「栄 誉」を与える様子さえ見せてさえいれば「条件づけ権力」も保てたでしょう。 信長と言えども世俗に通じないがために、余命を絶つことになりました。
ここで少し考えて見たいのは「条件づけ権力」のことで、経営者が事業を成 功に導くには人間共通の「価値観」とそれとともに日本人の精神性の理解及 びその活用が必要なことです。
安国寺恵瓊は信長のなかにその欠落を見ており、竹中半兵衛や黒田官兵衛な ども直感でもって見切っていたのでしょう。

現代ほど、経営者にとってマネジメントの困難な時代はないと言えます。 それは環境変化が激しいためそれも質的変化が絶えず起こっているので、守 りの経営だけでは存続がはかれないことです。
そのため、経営者は絶えることなく世の変化を見越して意思決定しなければ ならないというまったく不可能な状況に追い込まれています。
解決策は「価値観(条件付け権力)」、独善防止のための率直な意見を交換 ができる「経営チーム」の構築、現場への大幅な「権限移譲」です。
経営者の行うことは「価値観」の確立、「目標」と「評価基準」の設定です。 あとは現場に大幅に権限を委譲し、適時評価しながら現場が適切に目標が達 成ができるように励まし支援することです。

GEのジャックウェルチがこの方式を完璧に実践しており、稲盛さん、孫さ んも限りなく近い形でマネジメントを行っています。
「価値観」の確立とその浸透、アメリカと日本では運用の仕方は異なるので すが「報償権力」の適切な併用が、変革が常態の社会で貴重な人的資源の能 力を引き出す唯一ともいえる経営の「知恵」だと言えます。
松下幸之助さんが言われる「経営のコツ」はここなのでしょう。 ただ余談ですが、さすがの松下さんでも肉親の情にとらわれ松下正治さんを 社長の座に据えていますし、トヨタも同じです。
身内であるとともに、能力もあるからのことなのでしょうが。 しかし、本田宗一郎さんは藤沢武夫さんとの了解もありそれをしていません。

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