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82回目 経営のエッセンス「知恵」について3

成功する創業についての考察

事業は、人間の欲求を満足させるために人間が行う目的活動です。 この目的活動によって創造される成果物(効用)に対して、顧客は自己の要 望なり欲求が満足できることが期待できる時に対価を支払ってくれます。 その効用(商品・サービス)が期待通りか期待以上であれば再購入されます。 大前提は、事業活動は顧客の満足がなければ無意味であるということです。

「食わなければ、生きていけない。」このことは全ての人に共通する基本的 な課題で、多くの事業を始めようとするに際しての動機です。 そこからの展開として、多くの人の考える選択には3パターンがあります。 「儲かっている仕事だからやろう」「なんとなく儲かりそうだからやってみ よう」最後に「これはお客様が求めているものなのでやろう」です。
この3パターンのなかで一番目の儲かっている仕事だからやってみようは、 やり方次第によっては成り立つ方策であると言えます。 ただし、必要な条件が2つあり、一つは同じ仕事であるならば最初に始めた モノよりはっきりと分かるかたちで良いこと、二つ目は細分化したターゲッ ト(市場)に集中してはるかに優れることです。
なんとなく儲かり「そうだから」やってみようですが、問題は「そうだから」 という一点にあり「そうだから」には熱意がなくお客様が見えていず成功の 基本的要件が欠落していて事業として成り立ち難いと言えます。 とは言っても、まったくダメなのではなく思わぬ僥倖も起こり得ます。 ただ思わぬ僥倖に溺れてしまえば、借金まみれという事態も起こり得ます。
事業の本道は「儲かるからやってみよう。」ではなくて顧客が求めていて喜 んでもらえるものをやることであり、それがさらにやらねばならないという 使命感(ミッション)を持つに至れば強いものとなります。 お金を払ってでもそれが欲しいというお客様の要望さらに言えば渇望に沿う ことが「生活の糧」を得られて「やり甲斐」となり得る仕事の「前提」です。

仕事の「前提」であると述べましたが、成功を継続させる多くの事業は最初 から「使命感」を持っていたのか、ハタと気付き持つに至ったのかは別とし てここから力強い経営を始めています。 ただし事業とは「生もの」で、やり抜くには徹夜も厭わぬ情熱や時として微 笑んでくれる「運命の女神」の助けがなくてはやり遂げられません。
話は変わりますが、ノーベル賞の受賞者の多くがノーベル賞を受賞できるの は、コツコツ研究したらからできるのではなくて最初からノーベル賞級の研 究をしたからこそ受賞できるのだそうです。 大きく成長できる事業についても同じことが言え、時代の流れの中にあるノ ーベル賞級の欲求を先んじて適える企業が興隆を掴みます。
パナソニックの創始者の松下幸之助さんが電器事業に強く引かれたのは、使 いの途中に電車を見て新時代の到来を予感したからのことです。 創業は大正6年のことで、自身が開発した改良ソケットが上司に認められな かったこと、肺尖カタルがこうじてきて会社勤め儘ならなくなってきたこと、 「実業で身を立てよ」という父の言葉を思い出したことなどによります。
まったく商売経験のないなか生活の糧を得んがための開業でしたが、松下さ んには改良ソケットがお客様に役立ち喜んでもらえるとの自信がありました。 まったくの素人なので買ってくれそうな問屋を巡って押しかけて行き、売れ そうかまた価格はいくらぐらいがよいのか聞くことから始めています。 しかし当然のこととして、素人ではまったく相手にもされませんでした。
まったくの伝手のないところから事業を始めたので、創業当時は困難の連続 でそんななかでも思わぬ幸運もあり事業を少しずつ軌道に乗せて行きます。 ここでは、知恵の話をしようとしているので松下さんのその軌跡を辿って行 きますが、最初の知恵は自覚なく行えたもので電気に将来を見てお客様に喜 んでもらえる先んじた効用のある商品を開発したことです。

松下さんは「本気になって志を立てれば、事は半ば達せられたといってよい かもしれない。」ということを言っています。 最初の事業初めからソケットの素材のベークライトの製法をオープンにした り、事業業績についても公私を分け隠し立てしなかったり、ちょっと信じら れないほどの一味違った透明性のある経営スタイルをとっていました。
経営は、心理学という小さな枠を超えた人間学の実践と言ってよさそうです。 「儲けたい」に凝り固まれば「秘密していれば」となりがちですが、松下さ んの取った経営の透明性は従業員の心に微光を灯したでしょう。 最先端で企業競争を行うとき1円の原価低減でも勝敗の決め手になり得て、 経営者の志から出た微光こそが上質な経営と言えそうです。
「志の経営」が松下さんの特徴だと言えそうですが、ご本人は「若い頃、正 直なところ大きな志を抱いて仕事についたとは言えない。」「一つ一つの仕 事をまじめに積み重ねてきたように思うのです。」と言われています。 いつも成功者の事例から奥義を読み取ろうとするのですが、ここでは「まじ めに積みかさめる」の「まじめに考え抜く」が秘訣のようです。

使命(ミッション)と衆知

ニュートンはリンゴの落ちるのを見て万有引力の法則を見つけたを言われて いますが、その前に長い間の思索の時間があっての発見です。 松下幸之助さんの万有引力の発見は「水道哲学」の発見です。
どうしたら人は一生懸命働いてくれるのだろうかを長い時間考え続けてきて、 天理教の本部で懸命の奉仕をする人を見た時に腑に落ちました。
「水道哲学」とは「産業人の使命は貧乏の克服である。その為には物資の生 産に次ぐ生産を以って、富を増大しなければならない。
水道の水の如く物資 を無尽蔵にたらしめ、無代に等しい価格で提供する事にある。それによって、 人生に幸福を齎し、この世に極楽楽土を建設する事が出来るのである。」 この考えが発せられた昭和7年が、創業記念日に制定されています。

松下さんは「水道哲学」によって「経営に魂が入った。」と言われます。 「我が社は、この世に極楽楽土を建設する。」という矜持には力が宿ります。 ある講演で面白く「慈悲で買ってもらっているという弱い信念ではなく『あ んたこれ買ったら得をしますよ。』という強い信念を持ったら、得意先がす っかり変わってきてグーッと売れるようになってきた。」話しています。
私たちの仕事は「この世に極楽楽土を建設すること」という強い信念こそが パナソニックの強い経営の基盤を成しています。
昭和27年のフィリップス社と技術提携において、要求されたのは桁外れの ロイヤリティー7%で、信念を持って交渉しつづけて経営指導料3%を要求 しロイヤリティーも4.5%での契約を成立させています。
ただ余談ですが、大阪の中小企業ではパナソニックの信念の経営に泣きを見 た企業が少なからずいて、未だによく言わない経営者がいます。 一部の社員の理不尽な振る舞いがあったのでしょうが、難しいのは信念は一 つ間違えると傲慢になってしまうということにもなるのでしょう。 松下さんは、そこのところについて「祈る」と言っておられます。
話をもとにもどしますが、もっとも強調される言葉に「衆知」ということを よく言われているのですが、それについておもしろい例え話をしています。 長い経験の中で「一見平凡な人」が意外にも好業績をあげていることがよく 見られ非常に興味があるところだと言われています。
知識もあり、手腕もある立派な人が案外好業績ではないらしいのです。

翻って松下さんは自分のことを「身体も弱く知恵も力もどちらもない。」と 言われ、さらに「いかにすぐれた人でも、一人の知恵、一人の力はタカが知 れたものですわ。」と言われ「どちらもないことが幸いした。まぁ熱意だけ はあったと思いますがね。」と続けて言われています。
熱意を持って衆知、衆力を導く出すことが、経営者の仕事だとしています。
松下さんは「社員をどう統率したらよいか。」と聞かれたときに「自分で体 験して悟るしかしょうがないですなぁ。」と言われています。 確かにそう言われてしまえば身も蓋も無いのですが「経営のコツここなりと 気づいた価値は百万両」とも言っており「コツ」をつかむことの大切さも言 われいるので、その意味するところを見つけるため話をすすめて行きます。
「衆知」の意味には2つの意味合いがあります。 経営者として適正に決断するために「衆知」を集めるという意味合いと、で きるだけ部下に仕事を任せ自主性を活かすという意味合いがあります。 「事業部制」は「衆知」を自主性を活かす方法として始められたもので、松 下さんが身体が強くなかったことも相まって実現されたものです。

今でこそ「カンパニー制」など「衆知」の経営が一般化されていますが、昭 和8年のその当時そんなことを考える企業は1社もありませんでした。 ただし、アメリカのGMは大正9年(1920年)から始めていますが。 とにかくまったくの独創であり、さらに加えて「任せて、任せず」の考えの もとに本社経理部から経理社員が補佐役として派遣されてもいます。
松下さんがNHKに出演して「儲け」について聞かれたときに「儲けという ものが先に立つとことが汚くなりますよ。」「儲けは、後の清算でんな。」 「奉仕を先に持ってこないといけない。」「先憂後楽、先に奉仕してその結 果として儲けさせもらう。商売人でもそれです。」と述べています。 商売は奉仕するために予算を立て、決算で奉仕の結果を確かめます。

本社経理社員は事業部長の「意思、意欲」を活かすために事業予測を予算化 し、事業の進行を数値でチェックして第三者の目で適切に助言を行い事業の 適正さと透明性を担保します。 最適な人材を選んで権限を委譲して仕事を任せ、そして適切な経理社員を補 佐につけ業務を円滑化させる、これが「衆知」のシステムです。

「人づくり」について

松下さんが言うように「経営のコツ」は「自分で体験して悟るしかしょうがな い。」のしょうが、そこでは2つのキーワードが大きな役割を果たしています。 それは「経営理念(ミッション)」と「衆知」であり「『君の会社は何をつく っているのか』とたずねられたら『松下電器は人をつくっています』と答えな さい。」というところの「人づくり」の要の役割を果たしています。

「衆知」の代表格の人がいます。それは高橋荒太郎氏で朝日乾電池から松下電 器との業務提携を機に昭和11年に松下電器に入社しました。
氏は熱烈な松下理念の信奉者であり、先に説明した本社経理部の実質的な創設 者であり経理制度に始まり人事制度に至るまでのすべての責任者です。 「経営の松下」と言われてますが、同氏の足跡には大きなものがあります。
松下さんは社内ではすべて君づけで呼んでいたのですが、高橋荒太郎氏だけは 唯一「さん」づけであっていかに信任していたかがうかがわれます。 その高橋さんですが非常な松下さんの信奉者で、戦後に松下さんが財閥指定を うけ追放されたとき本人は東京のGHQに50回撤回を申し入れたのですが、 高橋さんはそれ以上にGHQ詣でをしたというエピソードがあります。
松下の知恵の経営として「人づくり」を考えてみます。 「この会社は何のために存在しているのか。」「私たちは何のために働くのか」 それは「この世に極楽楽土を建設するのだ。」と「生産者の使命」が示され、 それに向かって経営者がそれを体現していて「君やってくれないか。」と言わ れれば奮い立たずにはおれなくなります。
「この世に極楽楽土を建設する。」ために「君もやってくれないか。」は、強 い使命感と責任感をもたらされ「遣り甲斐」を感じずにはおれないでしょう。 人は「お金」のために自分の命を差し出すことはないでしょうが「大義」のた めには命を差し出すことを厭わないこともあります。 「みんなを幸福に、するんだ。」となると、力の入り様が違ってきます。

松下さんは「至極簡単です。」という言葉を時折使われます。 「経営のコツ」について聞かれたときに「雨が降ったらどうしますか。」と問 い返えされて、「傘をさします。」という答えに「そうでんな、それでよろし い。それが企業経営のコツです。」と答えたと言います。
「経営のコツ」は「雨が降れば傘をさす。」で「至極簡単」だと言われます。 ただそこには、並々ならぬ「信念と情熱」が必要であるという「至極当然な経 営の理法」もあるのですが。
松下さんの真骨頂は「人づくり」で「事業は人なり」を肝に銘じ、最大に知恵 を巡らして細かな配慮を行われています。 一見しては特に奇をてらってはいないのですが、当然の理法に適っています。
先にも述べたように「人づくりの」のために「日頃からつとめて皆の声を聞き、 自由にものの言いやすい空気をつくっておく。」「できるだけ仕事を任せて自 主性を生かすようにしていく。」を心構えとしています。
叱る時も「経営理念」から見て「見すごせない、許せないことに対して言うべ きを言い叱るべきを叱らなければならない。」としています。

業績の良い企業の人づくりには共通した特徴があるのですが、一人の個人とし て向き合ってもらえかつ特質と長所を分かってもらえるということです。 松下さんは長所に7分、短所に3分といった目の向け方をして虫の好かない相 手でもこの男がいなかったらこの仕事はできんという気持ちで「きみ、頼む。 やってくれ。」と頭を下げる。そこまで徹しなければダメだと言っています。
しかし、これは作為的ではいかんと言い自然のままが一番だとしています。 腹が立つときは腹を立て、叱るとこは叱る、自然の姿でとしています。 重要なのは使命感に基づいてものを言うことだとしています。
そのうえで心掛けなければならないのは、人というものは十人いれば十人とも みな違うのだから特色を見出し、これを生かす配慮が必要だとしています。
そんな松下さんですが、そんな配慮をしようとする背景には「人間は万物の王 者というべき偉大にして崇高な存在である。」とする人間観があるからで。
「経営は人間が行うものであり、経営者も従業員も顧客も関係者もすべて人間 であり。経営というものは、人間が相寄って人間の幸福のために行う活動だと 言える。」という信念があるからこその強い経営だと言えます。

松下さんがよく言う言葉に「自然の理法」「素直」「生成発展」があります。 その一方では「戦略」「管理」という言葉はないように思われます。 あまりマネジメントのことをお知りでないのではと言われそうですが、「事業 は人なり」であるならば感情を有する人間がともに成果に向かってすすもうと するとき、まず何に目を向けなければならないのかの考察が必要です。

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