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86回目 「考え方」の変革

経営者の仕事

多くの有能であるとする経営者が、事業規模が大きくなったとたんに「経営 の袋小路」にはまってしまうことが多くあります。 また技術系で有能な専門家が、管理職になったとたんに凡庸な能力しか示さ ないさらにひどい場合は障害になることも多々見受けられることです。
そのことは、能力は偏在してその場その時で異なることを示しています。

人にはそれぞれの好みがあり、またその得意とする能力もまた異なります。 すべての能力を兼ね備えた人などおらず、またいたとしたらその人には傑出 した能力はないということにもなります。
長所は短所になり、逆に短所は長所になり得るということです。 ここで言いたいのは、経営者には独自の能力が求められるということです。 ただ、慰めは悟って覚悟を決めて磨けば身につけることは可能です。

ところで企業の繁栄は経営者のその人の能力によって全てが決まると言って も過言ではないのですが、そうしたらそんな能力を持った経営者っているの とかいうことになるのですが、それは結論から言うと多くいます。
ただし、松下さんが「なすべきことをなす勇気と、人の声に私心なく耳を傾 ける謙虚さがあれば、知恵はこんこんと湧き出てくる。」「人の長所が多く 目につく人は、幸せである。」と言われているようなそんな類の能力です。
企業規模が小さい間は、経営者個人の技能スキルの良し悪しが業績の良し悪 しを大きく左右させます。
例えば、フレンチレストランのオーナーシェフの調理の腕が良ければ、少々 気難しくともそれも通ぶる人に受けてブランドともなり繁盛します。
しかし、そのレストランの支店を出そうとするならば事は異なり、弟子の料 理人を育てる能力も求めらマネジメントの補佐役も求められます。

よく中小企業の経営者で勘違いされるのは、技能スキルさえ秀でていればす べての企業経営もうまく行くという成功の「思い込み」です。
得意先の要望に応えて喜んでもらえて注文がドット増え、そこで人手が足り ないからというので従業員をドット雇用します。
仕事をこなす能力が秀でているので、何事もうまく行くと考えての前向きな 行動ですが、これが往々にして裏目に出ることがあります。 顧客や得意先に喜んでもらえたのは、経営者個人のスキルだけだからです。
こんな事例はあちこちで見られるものですが、これを「習熟神話」とよばれ るもので、ある事象がうまくいくとすべて事象がうまく行くという「思い込 み」です。
解決策は強みの源泉をよく理解して拡大しないことか、または新たな段階に 入ったので人の強みを引き出し支援にことに焦点を定めることです。

本田宗一郎さんも、この陥穽に落ち込みそうになったなった経緯があります。 それは新しい車種を空冷で行くか水冷にするかの技術レベルの問題でした。
その時、本田さんは自身の技術者の経験と自負により自信をもって空冷で行 こうとしたのですが、若手技術者はこぞって水冷を主張し出社拒否する事態 にまで発展してしまいました。
どちらも技術者としての意地がありますが、問題は「経営者」としては何を 重視して意思決定しなければいけないかということです。
その時に若手技術者に助けを求められた副社長の藤沢さんが「貴方は技術者 なのか?それとも社長なのか?」を問われて若手技術者が主張する「水冷」 で行くことに決まりました。
後に、藤沢さんは「本田であれば、空冷でも行けただろう。やらしてやりた かった。」と言われていたそうですが。

「経営の神様」と呼ばれる松下さんは、事業始めは「二股ソケット」「自転 車用電池ランプ」の発明で事業を拡大して行きました。
それがさらなる「アイロン」や「ラジオ」へと事業拡大をはかるについては 「経営者」そのものの立場で、専門家を叱咤激励する立場に専心しています。
経営名人は現実を合理的に知悉して、考えて考えた末に知恵である「経営の コツ」をつかみとります。 経営は「小さな己の才覚」を発揮するのでなく、多くの人がよろこんで「己 の才覚」を発揮させるようにする「大きな才覚」を発揮することです。

さらに、松下さんは「好況よし、不況なお良し」と言われています。 「不況」をいつも活用して、一回り大きな強い企業に作り替えて行きました。 ここで面白いのは必至の瀬戸際のときに血の小便が出るほど考えるのですが、 決して悲観しないことで「謂れのない自信」を持たれています。
稲盛さんも、同じようなことを言われていたように思います。 「幸運の女神には後ろ髪は無く」マキャベリが言うには「積極果敢な行動を とる人間に、味方する。」そうです。
こうと思ったらとにかくやってみる、何もしなのが一番の悪化をもたらすこ となので、それでも不具合が悪かったらすぐにやり直す。 ここでとにかく行動を起こすことが「経営のコツ」をつかめるかどうかの経 営者としての正念場になるのだそうです。
松下さんのよく言われるのに「先憂後楽」という言葉があります。

企業文化の変革

心理学者が習慣についておもしろいことを言っています。 それはある行動を繰り返すだけでは習慣にはならないそうで、そこに何らか の「見返りがあった」場合にはじめて習慣として定着するのだそうです。

カルロス・ゴーンさんが今まさに三菱自動車を傘下に加えて、さらなる強み を持ちに跳躍しようと試みています。
つくづく思うのですが、経営者の持っているその「メンタル」の強さです。 とは言うものの、多くの名経営者が幾度も自身の会社の倒産を夢に見て目覚 めて、現実でないことを確認してほっと胸を撫で下ろすのだそうです。

カルロス・ゴーンさんの経営法を見ていると、松下幸之助さんやGEのジャ ック・ウェルチのような一桁上の賢さと勇敢さが感じられます。 「勇敢さ」は「死生観」や「人生観」が大きく関わっているようです。 松下さんや稲盛さんは以前にも話題にあげさせていただいたように、肺疾患 を自分の意志の力で克服したという生い立ちを持っておられます。
孫さんは在日韓国人の境涯を司馬遼太郎の「竜馬が行く」を読んだことで飛 躍され、三木谷さんは阪神・淡路大震災で敬愛していた叔父叔母を失ったこ とで感じることがあり日本興業銀行を退職し起業しています。

「経済学者が、経営者になって会社を潰した。」というので、その昔に意外 思ったことがありました。 今は「経営学者が会社を潰した。」と聞いたらそれは当たり前で「うまくい った。」と聞いたら「そんなこともあるんだ。」と思ってしまいます。
経営は知識も必要としますが、それよりも知恵や熱情や勇敢さがなければや れない予測不能の泥臭い行為だと思われます。
孫子の兵法の九地篇のなかに「死地では死中に活を求めるべくひたすら突撃 あるのみである。」という一節があります。
カルロス・ゴーンさんは日産「リバイバル(再生)プラン」の実行において、 その実現を「コミットメント(誓約)」して自身の逃げ道を封じています。

日産は創業期より先進技術の吸収に積極的で「技術の日産」と呼ばれる高い ポテンシャル(潜在力)のある企業で、弱いのは販売力やデザイン力をはじ めとするマネジメント力とその負の蓄積である「企業文化」でした。
最も問題であったのが「他責の文化」であり「緊張感のなさ」です。 「日産のような大きな企業は潰れない。」責任を他人のせいにして「自分は 悪くない。」として「部門の壁」を築けば安楽でいられたのです。

みんなが楽でそれなりにやっていけるのなら、人間の悪い面の性(さが)で 「習慣」化して「企業文化」にならない方がおかしい。 日産には、本来的に「リバイバル(再生)プラン」で再生できるポテンシャ ルがあり、短期でこのようなプランづくりができる人材も多くいました。
少し付け加えるのなら、松下幸之助さんは成功の条件の第一に「熱意」を挙 げることが多かったそうで「熱意があれば知恵が生まれてくる。」と言われ ています。

人は「死地」に追い込まれたとき「ひたすら突撃」するしか選択の余地はな く、大将その人が自身がコミットメントして「死地」に追い込んでいるなら 自分の運命とそのなすべきことは自ずから決まるというものです。
そして、いくら困難なことであっても、その道筋が明確で具体的で到達する 地平に希望があるなら人の習慣も変わらざるを得ないでしょう。

ゴーンさんは松下幸之助さんに劣らぬ知恵の持ち主なのでしょうか。 白紙からはじめて、現場の人の話を聞きながら一年かけて解決策を探りだし 生き残りさらに成長できるプランを作成して、剛腕の知略と実行力でもっと 最も困難とされる「企業文化」を変えてしまったのですから。
そのプランの作成については、社内人材でプロジェクトチームをつくり大筋 を明確にして他の機関に任せず自分たちで完成させています。
企業改革で一番難しいのは、人の『習慣化した考え方』を変えることです。

余談になりますが、日産の変革にはもう一人の知恵者がいたようで。
当時の社長だった塙一義氏で、日産の最大の障害が「他責の文化」であるこ と、また連結赤字で7,300億円計上していてもリバイバルできる潜在力が あることも充分認識されていたようです。
ただその方法があまりに過激で憐憫の情よりなしがたく、またショックなく て変革でき得ず自身の立ち位置、資質、能力を重々自覚されていたようです。 氏がされたのは、ゴーンさんにすべてを任せ調整役に徹することでした。

「ゴーン」改革

稲盛さんのは人生方程式として「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」 をあげています。
そして、その要素の中でも前にも何度も述べているように「考え方」を重視 されています。

日産のリバイバルのためにもっとも重要だったのは「考え方」の変革でした。 その考え方の骨子は、今でかってない異次元のコスト削減をはじめとする経 営基盤の再構築と現実を見据えて未来を切り開く施策の構築でした。
具体的には1.生産能力の縮小2.サプライヤー削減3.人員の削減 4.子会社ディーラーの削減5.有利子負債の削減の5つです。 さらに加えて、デザイン部門の強化をはじめとする魅力ある主力カーの生産 に向けての重点的予算配分です。

驚くことに日産は「販売のトヨタ」とは違って「技術の日産」を標榜して、 顧客のニーズをキャッチして販売促進をはかり販売量にあわせて生産すると いうマーケティングの「考え方」が欠落していました。
トヨタをターゲットとして追いつけということで、生産能力をひたすら追い 求め拡大し、結果は生産能力はあっても顧客の需要はなく稼働率53%では 採算性が合うはずがありません。答えは決断すること、工場の閉鎖統合です。
サプライヤー削減の目標は、その数をサービス購入も含めて半減させ3年間 で購買コスト20%の削減です。
それまでも購買部はコスト削減のために下請けいじめと批判されても仕方な いほど努力を重ねてきたうえで更なる20%のコスト削減です。 今までの延長線上の発想では、不可能で異次元の「考え方」が求められます。

それは、不可能に果敢に挑戦するまたできるサプライヤーとの連携です。 日産リバイバルプランへの信頼できる取り組みを示したサプライヤーから契 約を始めました。
選ばれた企業へは取引量を増加させ、社内の購買・開発部門と有機的に結合 が行い品質の向上をはかるとともに保証・支援が行われました。 協力するサプライヤーとはウィン・ウィンの関係の構築が目指されました。 ここでは、コスト削減よりさらに積極的な強みを形成させる目的があります。

人財削減、もっとも痛みをともなうコスト削減策で、これを行う場合には、 二つの配慮が必要です。
一つは実施に際しては一気に行い、二度とは行わないこと。二つ目は明確な 将来の展望(ビジョン)が示されることです。 また、とうぜん役員や管理職の削減を真っ先に実施されなければなりません。 「他責の文化」の象徴が子会社ディーラーでした。
社長は本社から派遣されているので、本社の意向のままに増産された車をと にかく売ればよいということで、値引きを頻繁に行い販売を行いました。 値引きは、ブランドイメージを低下させます。
ブランドイメージが下がるとまた値引きを行い更なるブランドイメージが低 下して負のスパイラルが形成され業績は悪化の一途をたどりました。
ここでは、社員である立場が不利になることは避けられ、顧客のクレームや 要望を本社に伝えることなく売れないことを本社のせいにする「他責の文化」 が醸成されていたのです。
削減はコストダウンだけの問題でなく、企業文化の変革でもありました。

有利子負債の削減は、日産の場合はある面でやり易いことでした。 生産性に直接貢献しない資産を、聖域を設けずすべて売却しキャッシュフロ ー化して借金の返済に向ければ可能でした。 要は、決断するかどうか決断できるかどうかの意思決定の問題でした。
異次元の改革のなかには、思いがけない改革があります。
社内の主要言語を英語に変えてしまったことで、ゴーンさんをはじめとする ルノーから派遣されてきたフランス人幹部の日常語はフランス語です。
グローバル化のなかで、英語をマスターしようとしない日本人役員や管理職 は意見を述べる機会が制限され淘汰されて行くことになります。
日常の仕事の場で危機感と変革の認識をどのように浸透させるか、主要言語 の変更はいやでも全社的に思い知らされることになる出来事でした。

業績が悪くなって倒産する中小企業が多くなってきています。
一方では、創業まもないのに業績を急激に伸ばしている企業もあります。 企業を取り巻く環境は、異次元の状況下にあり通常の経営努力では適応でき ない状態が日常化しつつあります。
今までの常識や固定観念を打ち捨てて「考え方」までも変革を行う経営者の すべてに「好況よし、不況なお良し」の異次元の成長の機会が訪れていると も言えそうです。

≪アベノ塾≫ URL:http://abenoj.jimdo.com/