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38回目 企業のライフサイクル(寿命)

何故、いまシャープはあの状態に

シャープの生き残りが正念場を迎えています。 液晶テレビのAQUOS、亀山モデルでトップブランドになったのは、そ んなに昔のことではなかったように思われます。 それなのに、なぜこんな危機な状況にあるのか。
振り返ると、シャープは独特の企業文化を持ち膨大な人的資産の蓄積があ ります。 パナソニックのように経営トップの判断さえよければ、今まさにこの状況 を切り開いて新たな道が歩めない道理がありません。 過去にもそんな再生の歴史があった企業のはずです。
そこで、参考になりそうな名経営者の名言を探ってみました。 第2代経団連の会長であった石坂泰三さんが「人生はマラソンなんだか ら、百メートルで一等をもらったってしょうがない」と言っています。 シャープは百メートル走で一着になったけれど、マラソンを走り続ける ことに失敗するかもしれません。
と言っても一着になったことは事実であり、そこからはいろんな経営の ヒントを拾い上げることができます。 と同時に、今の状況が形作られてきた経緯とどのような対応策があった のかを検証することもできます。 併せてマラソンで走り続ける条件も探ることができます。
シャープが一着になった時の社長さんは、ご存じのように町田勝彦さん です。
町田さんの経営方針は「オンリーワン」です。 そのためにとられた基本戦略が、経営戦略のセオリーとなっている「選 択と集中」です。 その当初のシャープの二本柱は、液晶事業と半導体事業でした。 半導体事業はどうかと言えば世界二十番目くらいで、一方液晶はといえ ば規模こそ小さいものの最先端を走っていました。 経営者の判断は「オンリーワン」で、液晶事業ここに焦点が定められる ことになりました。
さらに決め手となったのは、液晶技術がテレビに活用できることです。 テレビを制する企業こそが、家電のトップブランドに登りつめることが できるからです。
企業にとってブランドイメージは非常に大切な戦略テーマです。 町田さんの戦略眼は非常に的確でした。 と言いながら、神ならぬ身である人としては、今日の危機の遠因が液晶 事業の大成功であることを知る由もありません。 成功体験に浸ることは、企業から危機感とチャレンジ精神を奪います。
少し横道に逸れますが、サントリーやユニクロの事例を紹介します。 サントリーは、「やってみなはれ」が合言葉でチャレンジを社是とする 社風です。 そんなサントリーにも、超安定とも言えるな時期があります。 それは大問題です。 チャレンジの精神を失うこと時こそ真の危機が訪れます。
そのためなのか、サントリーは敢えて困難が予想される過去に失敗した ことのあるビール事業への新たに参入を決定しました。
当時は非常に不思議でした。 しかし、その後の経過を見ると納得させられます。 マラソンに勝つためには、百メートルで一等になった時にこそ新たなス タートが必要です。 ビール事業への進出は、そのための布石であったかのようです。
危機感がなければ弛みます。 更なる危機感を惹起させ、かつ「全従業員」が奮い立つ壮大なビジョン こそがもっとも求められるものです。
ユニクロの柳井さんは、時として思い切った奇異ともとれる行動をおこ すことがあります。 本業とはまったく程遠いと思える生鮮野菜販売事業に進出しようとした のも、そのようなことがらです。 この事業は、しばらくしてもののみごとの大失敗で即座に撤退しました。
イノベーション(変革)は企業のもっとも基本的な機能です。 しかし、人はそのことつまり「変化」を好みません。 それ故に手に入れた安定は守ろうとし、「変革」は忌避されます。

成功の逆作用

シャープの成功談が中断しましたので続けます。 シャープの創業者は早川徳次さんです。 早川徳次さんの生涯は、破滅と再生の連続の波乱の人生でした。
金属細工職人に始まり、ベルト穴を開けずにつかえるバックルの発明・事 業化、社名の由来となるシャープペンシルの発明、さらにラジオの国産化 と変革の連続です。 その間、関東大震災では妻と二人の子供失い、さらに工場を失うという辛 い経験もしています。
この早川徳次さんの方針は「他社にマネされる(マネされないではなく、 マネされる)商品をつくれ」で、この考えがシャープの骨格を形成してい ます。
液晶事業はその精神が象徴化された事業とも言えます。 ※もっとも韓国や台湾にマネされ過ぎたのが今の状況に繋がっていますが。 シャープには、もう一つの社風があります。 過去に一度だけ行っていますが、リストラしないというものです。
その経緯は、戦後の折からの不況で倒産の危機に追い込まれました。 銀行から追加融資の条件として人員の削減が提示されましたが、創業者は 「人員を解雇するくらいなら会社を解散するほうがいい」と言い、それを 従業員に思い止らされてリストラが実施されたことがありました。
町田さんの改革に戻ります。 町田さんの戦略は的確でした。 オンリーワンを獲得するために液晶事業に経営資源を集中させました。 また吉永小百合をキャラクターとしたアクオステレビに焦点を定めてトッ プブランド戦略が実施されて行きました。
さらに独自性のある制度改革も行っています。 その一つが「緊急プロジェクト」「緊プロ」と呼ばれている制度で、この 制度から卓上計算機などのヒット商品が生み出されました。
「緊プロ」は、社長直属の組織です。 プロジェクトリーダーを選任して、有望な商品や技術の開発課題に対して 全社横断的にメンバーを選び出して一気に仕上げてしまいます。 プロジェクトスタッフには、取締役と同じ「金バッジ」が与えられそれと 同時に意思決定権限が賦与されます。
先駆的な制度もあります。 それは、総合コールセンターで、 顧客の声は商品開発および商品改善の大切な情報源です。 ユニークさは事業部の技術部長がオペーレーターにもなったことです。 情報は肌で知ってこそ、消費者が求める商品開発が可能になります。
町田社長の改革は的確でした。 シャープの黄金期が生まれたと言えます。 しかも、町田社長はさらに成功の継続のために準備も怠りませんでした。 しかし、成功の安定策から経営の大きな誤算が生み出されました。
未来を予想することは不可能です。 経営者の役割は、次世代の発展のために良い種を蒔いておくことです。
しかし、町田社長は幹を残しました。 次世代戦略として液晶、太陽光発電、LEDの3本柱と堺工場の設立の規 定路線を確立しました。 さらに後継者として、前時代の成功事業の立役者を指名してしまったこと です。
変革の源泉に何らかの影響があったのは事実です。 ちなみに「選択と集中」戦略の元祖であるGEのジャック・ウェルチは、 「1位か2位になれる事業しかやらない」戦略を取りました。 そのために、不採算部門も含めて事業再生としてことの良し悪しの判断は 付きかねますが好況時に大幅なリストラを断行しています。

危機感と変革のつくり込み

どのようにマラソンを行うか。 マラソンで生き残り続けるには、相応の工夫が必要です。 その答えになるマネジメントのカラクリには、2つの知恵があります。 孫さんのソフトバンクや稲盛さんの京セラなどの工夫はその好事例です。
その要点は2つです。 一つは、働く人が経営者と同じ当事者意識がもてる仕組みです。 もう一つは、一定の成果が実現されなければ停止する仕組みです。
ソフトバンクの場合は非常にオーソドックスです。 孫さんには、孫子の兵法になぞらえて「孫の2乗の兵法」があります。 そのなかに「群」という戦略文字があります。
孫さんは新たなビジネス機会があると独立した子会社を設立します。 または、その事業を行おうとしている企業への資金参加も行います。 孫さんはファイナンス(金融)の専門家でもあります。
独立会社の代表者には、新事業の提唱者か最適の人材が配置されます。 その企業の事業展開には支援・指導は行いますが、権限は完全に委譲さ れています。
個別企業の経営者は当然その事業の将来性についての夢があります。 その成功の暁には、自身への成果配分とスキルアップと誇りを獲得する ことが可能となります。
しかし、成功比率の低いベンチャー事業には一定の歯止めが必要です。 その歯止めが、一定期間内の収益性です。 具体的には、自己資本額と損失累計額との差です。 成果が実現されなければ損失が累積されます。 損失の限度を出資額の範囲として規定することもできます。
ソフトバンクはそれらのベンチャー企業の連合体であるとともに、本体 企業がスポンサーであるとも考えることができます。
ベンチャー企業は、一社が成功すれば先端の知識の蓄積と莫大な利益が 得られます。 一社の成功は他の多くの失敗をカバーできます。 また、別の狙いもあります。 うまくいけば「グローバル・スタンダード」の獲得さえも期待されます。
ところで、京セラはといえば、このシステムを社内の組織として実現さ せています。 それが「アメーバ組織」と呼ばれる仕組みです。 内部ではプロフィットセンターとしての事業部ごとに採算性が測定され 責任担当者の自主判断で事業が継続されます。
この2つの企業が取っている仕組みのメリットは3つあります。 1つは、人のコミットメントの強化で、経営当事者としての意識の涵養に よって変革も含めた生産性の向上が自己生産されます。 2つめは、自己実現の歓びと危機意識の相乗効果を通しての人材の育成が はかられます。
3つめは、チャレンジ経験によってえられる新たな知識の獲得です。 革新を促進する仕組みとして、代表的な仕組みにも2つの知恵があります。 代表的なのはトヨタとアメリカの3MとP&Gなどの仕組みです。 トヨタには、トヨタ生産システムの仕組みがあります。
それは問題の「見える化」と、現場で問題を解決する小集団による「カイ ゼン」の仕組みです。 トヨタでは、何時も新たな問題点を見つける仕掛けとそれを継続して解決 する生産性向上のシステムがあります。
3Mには革新を日常化させる仕組みがあります。 発売から5年以内の”新製品”が部門売上高に占める割合を25%以上に 保つこと。 また、さらに次の3つのルールが定められています。
(1)勤務時間の15%を自由に使ってよいから、自分の担当業務以外のこ とをやりなさいという「15%ルール」。
(2)各事業部の開発部隊は、外部の企業や大学、人材と連携して開発を行 うこと。
(3)研究者や技術者、製品企画者は、自ら担当した製品を実際に使用して みて、効果的に利用できるかどうかを体験して革新の種を掘り起こすこと。
また、P&Gでは「新製品開発の50%以上の案件は外部パートナーと協 力して開発すること」が明文化されています。