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96回目 伝えることの作法

「顧客主体」で伝える

スティーブ・ジョブズは「いくら素晴らしいものをつくっても、伝えなけれ ば、ないのと同じ。」とマーケティングの原則をよく知って、果敢に実行し そして成果をもたらした人です。

「マーケティング」の基本を再確認しますが「すべては顧客からスタートす る。」であって「顧客が良しとするものはこれだ。」を機軸にしなければ、 すべての活動はあるべき目的・目標から遊離してしまうことになります。 「伝えなければ、ないのと同じ。」であるのだから「伝える」ということも 「顧客が良しとする」ことを行わなければなりません。
また、ドラッガーですが「人のコミュニケーション」の本質を「人は、自分 の『知覚能力の範囲内』の『期待しているもの』を聞く。」と言っています。 そうであるので、新製品の広告もプレゼンテーションもこの「ツボ」を押さ えなければ「ただ一人であらぬ方向に、自慢話を吹聴しまくっている。」の に変わりなくなってしまいます。

またですが事例に使うのですが、NHKの朝ドラ「べっぴんさん」で、京大 生が「なぜ私を採用しなかったか。」と詰め寄る場面がありました。
そのときに、主人公のすみれは「あなたに能力がなかったからではなく、縁 がなかったのだ。」と前置きし、そして「履歴書の字が小さいでしょ。字は 人柄をあらわしますよ。」「自分の得意なことをすべて書いているでしょ。 これでは読む人に親切でなく、伝わらないでしょ。」と諭しています。

スティーブ・ジョブズは、最高の商品をつくり上げても「伝えなければ、な いのと同じ。」を十二分に知っている人でしたので、次のプロセス段階であ るプレゼンテーションでも「顧客に衝撃を与える」ように製品づくりと同じ ように細部までこだわって構成しました。

トップ自らが「伝える。知ってもらう」ことの重要性をよく知悉しなければ 「なんで、良いのモノをつくったのに売れないんだ。」となります。 日本では松下幸之助さんやサントリーの鳥井信治郎さんなどが「広告」の本 質・重要性を骨の髄まで知っていた名経営者と言えます。
サントリーにおいては「広告」そのもののイメージ線上に「商品」が創作さ れていて、消費者はそのイメージを買っている感さえもあります。

「顧客からスタート」して「顧客が良し」とするもので「顧客目線に立った シンプルなもの」ということが、プレゼンの「極意」になります。
ジョブズのプレゼンにおいては、 iPod:「iPodはガムより小さくて軽いんだ」「1,000曲をポケットに」 iPhone:「今日、アップルは電話を再発明する」「どんなケータイより賢く、 超カンタンに使える」 iPhone3Gでは:「速度は2倍、価格は半分」 と顧客願望の視点に立って、商品の魅力がシンプルに詰められています。

知ってもらうためにもとうぜん「クリエイティブ」が必要で。
『Macintosh』を世に知らしめた「1984」と呼ばれる伝説のCMでは「顧客 に衝撃を与える」ことを実現させています。
それは、全米が注目するスーパーボール中継中のわずか60秒だけ流された CMで、その総費用100万ドルと常識では考えられないチャレンジでした。
結果は、ユニークさと意外性ゆえに3大ネットワークをはじめとするテレビ 局でニュース放映されて、世間の注目を一心に集めることになりました。
ここから、かつてない「衝撃を与える製品『Macintosh』」の快進撃が起こ っています。
ただ、このような思い切った手法は、過去の失敗の経験からの勘で「行ける だろう。」という予感はあったものの絶対ではないとも言えます。
ジョブズの行動を見ていると大失敗も結構あります。 「リスクを取らなければ最大のリスクを招く。」場合も多々あります。 経営者の意思決定は、絶えずリスクをかけたものとならざるを得ません。 とは言え「勝算のない賭けは、事業ではない。」とも言えるのですが。

良い商品どのように売るか

松下さんの場合についての「いくら素晴らしいものをつくっても、伝えなけ れば、ないのと同じ。」について、どのように対応してきたかを少しそのあ り様を検討・吟味して行きます。

日本での中間業者や企業への販売の難しさは、良いものだからといって直ぐ 購入してもらえるわけではないということがあります。
堀場製作所の廃ガス検知器などは、アメリカで採用されてその評価が高まり、 たまたま日本メーカーがそのことを知ったことで日本国内でも売れるように なったという経緯があります。

京セラもIBMよりIC用アルミナ・サブストレート基板を受注することで 企業評価を確立することのなっています。 こんなことは結構あって、これが日本の商活動の体質でもあります。

松下さんは「素晴らしいものをつくっても」売れない経験を、その商売始め にいやというほど味わられて、その対応に腐心したことから「経営のコツ」 をつかむ第一歩とされています。
パナソニックの「広告への認識」は、松下さんの体験から生まれたものであ るとも考えてしまいます。

少し回り道しますが「顧客」について検討します。 よく思い違いをされるのですが、最終消費者のみを顧客と思うことです。 最終顧客に到達するまでに、中間流通業者を経由します。
商品をお届けするためには、広告媒体を使ってその中間である流通業者の手 を通さなければなりません。
もっとも現在はEC(電子商取引)つまりインターネットがその役割の多く を担ってきており、少し様子が違ってきて現在ではウェブ解析士という資格 なども生まれています。

流通業者は、もちろん重要な顧客です。 この流通業者が「良しとすること」の考察から始めなければなりません。 流通業者が「良しとすること」は何か、それは一般的には「手間もかからず、 確実に儲かる。」ということに集約されるでしょう。
よほど目先のきく流通業者でない限り、儲かるという実績のないものなど取 り扱うはずはなく売りたいならそれを証明しなければなりません。

事業初めの頃の松下さんは発明家で、最初の発明品は「アタッチメントプラ グ」、続いて「2灯用差し込みプラグ」さらに「砲弾型ランプを考案」「角 型の電池式ランプ」を自身で発明されています。
それはヒット間違いないものだったのでしょうが、最初の自信作は10日間 ほど大阪中を駆けずり回ってようやく100個ほど売れただけでした。 窮乏の続くなかで、思いがけず扇風機の碍盤の注文を受けたりで、やっと息 をつなぎ、やがて斬新で市価よりも3割ほど安い商品の値打ちが伝わり最初 のパナソニックの屋台骨を築くヒット商品となりました。

「砲弾型ランプを考案」では「いいものは必ず売れる」との信念から、小売 店に無償で置いて回り実際に点灯試験をして結果がよければ買ってもらうと いう方法を採用しました。
これは、ダメなら大きな痛手を被る思い切った売り出しです。 結果は皆の認めるところとなり、販売が実現して行きました。 角型ランプについてはさらに大きな賭けに出て、販売店に1万個の見本品を無 料提供する積極売り出しを実施し、これも大成功ということになりました。

ナショナルランプの発売広告に際して、大企業ならばともかく資金的に相当な 負担である新聞広告をあえて果敢に試みました。
自身が3日3晩考えた末に「人のコミュニケーション」の原則「人は、自分の 『知覚能力の範囲内』の『期待しているもの』を聞く。」に則った「買って安 心、使って徳用、ナショナルランプ」という3行の練りに練った文案でした。 結果は「ナショナルランプ」は大成功を収め、1年もしないうちに月3万個を 出荷ということになりました。

「良い商品」であることは、良く売れるための基本要件にしかすぎません。 中間業者に対するアピール、広告を通しての消費者へのアピールなど他の要件 なくして顧客に「良い商品」が届くことはありません。
今は、WEB活用が大きな要件となっています。 松下さんのように、リスクをかけてどのような新たな発想で意思決定を行うか が大きな戦略課題となります。

ジョブズのスタイル

まったくの余談を挿みます。 ジョブズのやり方は、最高の成果を得るために手段を選ばずかつ細部にまで 拘るスタイルで、これはビル・ゲイツやエジソンやさらに言えばアインシュ タインにもみられるもので「アスペルガー症候群(発達障害・適応障害 )」 だとも言われることがあります。
ここで誤解のないように付け加えますが、人間の性格や能力においては万能 などはなくなんらかの偏りを持ちます。

ジョブズ・タイプでは、自分の願望・価値基準にのみに固着してそれを適え るため適えられるまで全知全能を駆使して集中して、周りの思いにはまった く忖度することなく細部にこだわり考えぬいてひつこく行動し続けます。
この行動パターンは、失敗をものともせず成功を勝ち取るための基本行動パ ターンです。
ジョブズの能力や性格は偏りですが「成果をもたらすための価値観」と機軸 が噛み合うと常人を超えた創造性を発揮することになります。

「知識が最大の資源である」今日においてのジョブズのものづくりの方式は、 他社ではトラブルを起こすような「ものすごく頭の良いA級の才能」を集め てきて、その自尊心に訴えて説得し「衝撃の製品」づくりのために無理難題 を押し付けてとことん追い詰めて行きます。
一風変わったA級の才能にとっては、不可能なことにチャレンジさせられ操 られても「顧客に感動の衝撃与える『成果』」つまり最高の仕事、最高の製 品づくりの体験は、世にあって「思わぬ顧客の喜び」というオマケも付いて きて自身の最高の喜びとなります。
これが「顧客に感動の衝撃与える。」ジョブズの「自分より賢き者を近づけ る術知り」たる者である「マネジメント」の手法です。

また余談を入れますが。
ただ、残念ですが『企業におけるマーケティング』では「顧客の欲求の満足」 を「成果」としまた「目的」とするものであり「人間の幸福」そのものとは 「価値観」を同じくするものとは限りません。
そこのところを、松下幸之助さんは『無理に売るな。客の好むものも売るな。 客のためになるものを売れ。』と言っておられますが。 また余談ですが、これは「近江商人十訓」のなかの一つです。

≪アベノ塾≫ URL:http://abenoj.jimdo.com/