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59回目 マーケティングが目指す「効用」

「効用」の意味

『効用』は、「マーケティング」と同義語です。 そこで、アメリカ・マーケティング協会による解釈を見ます。 「マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価 値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の 制度、そしてプロセスである。」としています。
日本マーケティング協会の1990年の定義によると「マーケティングと は、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を 得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。」 としています。

紹介して置きながら、よく分からないという感想を持ちました。 もう少し分かり易くということで「マネジメントの父」と称されるドラッ ガーの「マーケティング」の解釈を紐解いてゆきます。
まず「真のマーケティングは顧客からスタートする」とし、「顧客を理解 し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることで ある。」としています。
少しややこしくなるのですが、『効用』は「顧客の欲求を満たさせる効用」 のことで「顧客からスタートし、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に 合わせ、おのずから売れるようにすること」です。 「効用」活動は「顧客の欲求を満たす」活動で、企業の存続と成長を補償 する『顧客』を焦点とし目的とする活動と言えます。
いきなり飛躍しますが、「顧客の欲求」こそが企業活動の原点です。 そして、「顧客の欲求」を満足に導くことが「効用」の要件になります。
「私たちの顧客」はどんな欲求を持っており、その欲求を満たすためにど んな「効用」が求められるかが企業活動の判断基準になります。 「顧客の欲求・要望」を分析してそれを可能にする「効用」が必要です。

なかなか核心に進みませんが、まず必要なのは製品と商品との分類です。 この二種の分類をしておかないと、正しい「効用」についての理解を得る ことはできません。 特に製品メーカーの人達が、消費市場に進出しようとすると「効用」とか け離れたところに重点を置きがちになり特に注意を必要とします。
それは、消費者が使用する最終「製品」こそが『商品』であると言えます。
「製品」の重点は「機能効用」であり、商品の場合は「満足効用」です。 『商品』の効用は消費者が喜んで幸せになることにかかわり、「製品」の 効用は取引先が大いに儲けてもらうことを目指します。
「スマートフォン」の完成度は、まさに『商品』を意識したものです。

江戸時代の「効用」商いのプランナー「三井高利」の「越後屋」の成功に について、商品の「効用」を焦点として再検討して行きます。 顧客が求める「効用」を細かく見ると、三階層の「効用」が見られます。 基本となるのは「満足効用」で、顧客の不満を防ぐのが「不満回避効用」 でそしてリピーターを増やすための秘策とも言えるのが「感動効用」です。
三井は京都にも支店を設け、産地に直結し吟味した「不満を持たれない」 商品揃えに意を注ぎおまけに一反でなく切り売りも行いました。 「店頭現金販売」で当時割高だった掛値販売をなくして、ディスカウント 価格で仕立売りサービスも行い大「満足」を得ました。 お茶も出してもらい、雨の日は傘まで貸してもらい「感動」ものでした。
少し補足して説明しますと江戸時代にも「顧客から始まる」マーケティン グ活動が行われて、三井という企業の基礎ができたと言えます。 しかし、成功すると追随者があらわれその商法が一般的になります。
明治期に入ると洋服部も取り入れましたが、一旦破綻しその後品ぞろえを 充実させエレベータも設置して三越百貨店に変身して行きました。

ハイテクが実現する「効用」

三階層の「効用」について説明しましたが、それは「欲求」を基礎とします。 「効用」は人の「欲求」を満たすため手段であり機能であると言えます。 その「欲求」のあり方は、「生物的な欲求」から「動物的欲求」「社会的欲 求」さらに「人間的欲求」と複層的な欲求(欲望)としてDNAに刷り込ま れたものから後天的に獲得されるモノまで複雑に一体化しています。
いきなりの七面倒くさい説明で、もう聞きたくないということになると思い ますがその言わんとするところをご理解ください。
自覚されていなくても、すべての企業活動は「人の欲求」を基盤します。 ですから、経営者はとうぜんとしてすべての事業にかかわる人たちにとって 「効用」および「マーケティング」の理解は「基礎教養」となります。
よくある事例ですが「発明家の誤解」というものがあります。 あるアイディアをヒラメキ、思っているだけでは夢は実現しないということ で特許の取得を目指し見事その思いを遂げます。
特許は人の欲求を満たす「効用」がなくとも、他に類のない新しいアイディ アに対して付与されもので「自己満足」だけで終わることが多々あります。

ノーベル医学・生理学賞を受賞した北里大特別栄誉教授の大村智さんが見つ け治療薬として実用化した「イベルメクチン」は、世界で年間3億人の人た ちが曝されていた「失明の恐怖」を開放する「効用」をもっていました。
「失明」は人間が生きていくうえでの重大な障害で、このことから逃れたい というのは基本的な「欲求」で、治療薬は幸福をもたらす「効用」です。
人間の欲求を適える「効用」があればこそ発見・発明に意義があります。 「イベルメクチン」とまでは行かなくとも「ユニクロ」の「ヒートテック」 も偉大な開発の成果で「薄いけれど熱を逃さない暖かい素材」ということで 「東レ」に依頼し共同研究を通して開発されましたものです。
その「効用」は圧倒的で今や世界で一億枚売れるヒット商品になりました。 ところで、この「効用」というものはなかなかの曲者で誰もが最初から「効 用」があるとは気が付かないものです。
同じ「東レ」には「炭素繊維」の開発があります。 最初は「赤字商品」で、ゴルフシャフトやテニスラケット、釣竿での「効用」 が見つかり「航空機」で大輪の花を咲かせました。
どんな偉大な発明・発見、開発によってつくられた素材や製品でも、「効用」 が見つかるまではただの「才能のムダ・浪費」にすぎません。
逆に、「ユニクロ」などの「マーケッター」から求められての「効用」の開 発は、「顧客の欲求」を満たすことのできる商品として大ヒットします。 最初に「欲求」ありきは、「マーケティングの基本概念」です。

テクノロジー(技術)は、「効用」とかかわりを持つときつまり「人の欲求」 あるいは「組織の要求」とかかわるときのみその有用性を持ちます。 東レの炭素繊維も、飛行機の軽量化に役立ちジェット燃料が節約できること が明らかになったときに「効用」が実現されました。
「効用」を見つけることが、事業を行う上での最重要な経営課題となります。

「スマートフォン」はハイテクの粋を集めたもので、スティーブ・ジョブズ が心血注いで完成させたものです。 「ハイテク」であるので、ハイレベルな「人の欲求」とかかわるものかとい うと少し様子が違うようで通勤電車での光景を見ればよく分かります。 ここには、「技術」と「効用」の関わり方の「縮図」と「真実」もあります。
「売れるモノ」と「売られるべきモノ」とは同じではありません。 「ハイテクレベル」と効用の「価値観レベル」も同じでありません。
「収益性」向上のためには、人の「欲求構造」を知らなければなりません。 人の欲求、社会の要望、テクノロジーの進展など、それらのなかで「ナンバ ーワン効用」を創り上げることこそがビジネスを成功へ導きます。

生産的な「効用」の構築

「効用」づくりで最も障害になるのは、古き良き時代の成功者の常識です。 「そんなにしんどいことをせずに。」「これくらいやればいいんだ。」で成 功したという「経験」が最大の誤算になります。 地方商店街の衰退は、勇気をもってチャレンジし成功した「経験」が慢心を 生み新たなチャレンジに繋がらなかったことが衰退を生み出しました。
モノ不足の時代の「効用」とモノあまり時代に求められる「効用」は異なり、 過去の経験や手法は陳腐化し役立ちにくくなってきています。 商店街の商店、飲食店から、スーパー、コンビニに移行しさらに「ユニクロ」 「マクドナルド」に移行しており、最先端の「効用」が通常のものになりさ らにより新たな「効用」が顧客の心をとらえることになります。

どうしたら企業は、顧客の心をとらえる「効用」がつくれるのか。 ここで「してはならない」反面事例が、森鴎外の『山椒大夫』に奴隷制の非 生産性として語られています。
「丹後では人の売買を禁じ、奴婢を解放して給料を払うことにしたので、大 夫の家はいよいよ富み栄えた。」と結ばれているのが注目されます。

NHKの朝ドラ「あさが来た」の炭鉱の話でも少しのヒントがあります。 死と隣り合わせである「炭鉱」では、人は「刹那」の思いで生きています。 「あさ」は働く人に「夢」を語り、現在で言う成果報酬制度を導入してピン ハネされていた環境を改善して生産高を増大させます。 「労働」の生産性向上も「効用」の生産性向上も同じ原理に立ちます。

奴隷的な強制労働は最も生産性が低く、少しでも「夢」をもった方が生産性 が向上するのは経営の基本的な定理です。
また生産性の向上は、「技術開発」より「効用開発」が重要要件となります。 そして「効用」の生産性を上げるには、すべての従業員の「知識」と「知力」 の活用を促進させてその成果を正しく評価する体制の確立が求められます。
因みにこの体制の系譜が、パナソニックの事業部制であり、京セラのアメー バ組織であり、トヨタのTQCであり、ホンダの研究所などです。 もちろんこれらの体制により「技術の向上」もはかられていますが、収益力 の根源である「効用」創造性と生産性が大いに高められました。
「収益」は「効用」システムが機能・促進されることで高まって行きます。

「効用」の創造は従業員の「知的活動」に依存し、「効用」の生産性と品質 は従業員の活力と資質に依存します。
それらは、先に述べたようにシステムのあり方によって大きく左右されます。 ところで「システム」を構想し構築し調整し生き物としての活力を与え続け るのは誰か、それこそが「経営者」であり独自の責務を持ちます。
その事例として、ハンバガー・チェーンの「マクドナルド」を見てみます。 マクドナルドを世界企業にした人物は、高校中退の学歴「レイ・クロック」 という名の元セールスマンです。 1955年52歳の時にマクドナルド兄弟からフランチャイズ権を獲得し、 1961年に270万ドルで商権を買収し完全に自身の会社にしました。
「レイ・クロック」を取り上げたのは、世界企業となった要因を「効用」を キーにして考えてゆきたいと考えたからです。 最近ではいろいろとゴタゴタもあるようですが、高々の「ファーストフード」 と思われた事業を「世界企業」に仕上げたのには「成功の鍵」があります。 それこそが、「効用」のシステム化を『信念』をもって行ったことです。

世界中のどの店舗でも、均一の「おいしさ」と「サービス」と「清潔な店舗 環境」でもって心地良い食事をすることができます。 その「効用」を実現させているのが、QSC&V(品質、サービス、清潔さ、 &価値)の理念とそのミッションを「ハンバー大学」設置してまで達成しよ うする“クロック”が最も大切にしている『信念』のあり方です。

同時期に多くの「ファーストフーズ」のチェーンが勃興していました。 それらのチェーンには、「QSC&V」の理念はなく材料供給で利益を稼ご うとするビジネス・モデルが主流でした。 材料供給で利益を得れば割高になり、商品「品質」の低下は否めません。 『信念』が欠如していては、『強み』を獲得することはできないのです。

戦略的に勝利を得るには、いつも一つの「知恵」の発現が必要です。
「短期の利益」は「長期の利益」を阻害することがあります。 「短期の利益」に目を眩まされず「顧客」のことに専心して「効用」の最良 化・最大化を考えることでこれこそが『信念』のありようです。 多くの利益を獲得するには「急がばまわれ」の「知恵」も必要となります。