何が成功をもたらすか
時代の恩寵を受けて、中堅企業に成長している企業があります。
その一方で、ほとんどの創業した企業は、撤退を余儀なくされています。
何がその差を生んでいるのか。
運という要素もあります。
しかし、運すら始めから関係ない事業もたくさんあります。
企業は、その事業がなんらかの顧客満足に寄与している間は存続するこ
とができます。
しかし、大きな成果を実現するのには、最初に言った「運」と「運」に
乗れる「考え方」が必要です。
「運」ばかりは人智の及ばないものなので、「運」が来たときに波に乗
れる要素と要件が必要です。
そうしたらその要素と要件とは何かを考えて行きます。
基本的な要素は、まったく「新しいこと」かもしくは「新しいやり方」
であるかということです。
2つ目は、お客様に貢献できるかどうか、それも一部でもよいから一番
貢献できるかどうかということです。
3つ目は、経営者にやり抜く気力があるかどうかです。
ときたま見かけるケースなのですが、1つ目と3つ目があり事業を軌道
に乗せ、そして2つ目の「目的」にハッと気付いてそれも従業員への奉
仕ということにも気付いて中堅企業への道を登りつめて行く経営者がい
ます。
新しいことと何かを考えます。
万物は流転します。
特に現在のような社会においては、グローバルに変化し欲求のあり方も
「質的」にもまた「レベル的」にも大きく変化が起こっています。
予想もできない要素を持った変化が、今の時代の新しいことです。
時代の求めに応じること、さらに言えばその求めに応える仕事に惚れる
ことがもっとも機会をつかむ要件です。
そのため、感性のレベルでその求めに応えるイメージが浮かび上がらせ
ることが必要です。それが、「ビジョン」です。
いつも成功するビジョンには、時代が求める匂いと時代とともに生きる
人の願いがあります。
そして、そのビジョンに魅入られてチャレンジする経営者本人がいます。
そこではじめて時代の波へと向かう基本要件が整い、後は「運」の到来
を待つだけです。
ビジョンの力の分析
ビジョンの権化のような経営者が多くいます。
経営者ばかりでなく、歴史も人の持つビジョンが大きくその潮流をつく
りあげていると言えます。
数え上げれば限がありません。 大きくは、お釈迦様もそうです。
お釈迦様は、菩提樹の下で悟りを開いて解脱されました。
そして、その悟りを世間の人々に語り伝えて救済するというビジョンの
もとに生涯をかけて説法を続けました。
お釈迦様のビジョンは生きとし生けるものの「苦からの救済」です。
時にして時代のビジョンは、大きくぶつかり合ってきました。
日本の戦国時代での織田信長と石山本願寺顕如の戦いを考えてみます。
石山本願寺は浄土真宗ですが、そのビジョンのもとは親鸞上人が持った
もので「阿弥陀如来の本願」つまり悪人をも救い上げるというビジョン
です。
一方の信長のビジョンは、商業主義と武をもって戦国の世を統一すると
いう「天下布武」です。
この2つのビジョンの根本精神は異なっています。
天下統一のためにはぶつかることが避けれない戦いでした。
どちらも時代の欲求から生まれたもので、時代の欲求に応えるビジョン
が大きな力を持ち、より強く支持されるビジョンが有利に展開します。
おおきく成長するためには、時代の訴えに応えることが基本になります。
それも、やっと適えられる欲求に今まさに一番の最高レベルで応えるこ
とが求められます。
ここがエッセンスで、このエッセンスを悟り必死でやり通す経営者が名
経営者となります。
世界最大の小売業者であるウォルマートの創業者サム・ウォルトンは、
アメリカ気質の典型的な経営者です。
「一番」がもっとも好きで、自分が贅沢することよりも何よりもこのゲ
ームが大好きでした。
同じような気質の経営者にGEのジャック・ウェルチがいます。
サム・ウォルトンは第2次世界大戦後から事業を始めています。
時代は「モノの大量生産・大量消費」とういう豊かさへの欲求が高ま
ってきていました。
そんな時代の欲求をサム・ウォルトンだけでなく多くの意欲ある経営
者が嗅ぎ取り、大型量販店チェーン事業に進出しました。
そんな中には、多くの高学歴の人材を抱え大都市の中心に進出した優
良企業が少なからずありました。
サム・ウォルトンのチャレンジは地方の小都市から始まっています。
決した有利な創業ではありません。
その中でサム・ウォルトンが生き残ったのは何故かを考えてみます。
サム・ウォルトンは完璧な「合理的なケチ」です。
世界的大富豪になっても、その趣味はテニスと鶉(うずら)猟でした。
同時代の、量販店チェーンで成功したほとんどの経営者が儲かったら
高級車やヨットを購入して優雅にエンジョイしたのとは好対照です。
ウォルトンのビジョンは、一番になることです。
他の競合者のビジョンは、大成功し豊かに贅沢することです。
ウォルマートは、中規模の時から絶えず一番であったことがあります。
それは、売上高に対する経費率です。
つまり、お金は「お客に関わるもの」のみに投入されました。
一番になるためには、一番になることを思い。
顧客のためになることのみ集中することです。
GEのジャック・ウェルチは「シェアが一位か二位」戦略はよく知ら
れています。
「シェアが一位か二位」以外の強みを活かせない事業はすべて売却す
るか、閉鎖するかしてなくして行きました。
反対に、一番になれる企業についてはM&Aを積極的に進めて行きま
した。
ビジョンと理想
良いビジョンは時代を切り開く事業であって、その事業が出現した時に
は社会がその登場を大歓迎します。
その事業が大歓迎されるとかどうか見分ける方法があります。
それは、その事業の前に「夢の」を付けてみることです。
たとえば「夢のディズニーランド」のように。
そのフレーズがしっくり感じられたら、チャンスがあります。
トヨタやパナソニックやホンダが、製品をつくり始めたときは夢の商品
づくりでした。
「夢のトヨペット・クラウン」「夢の三球式ラジオ」「夢のドリーム号」
のように商品が売り出された時には、その商品を持っていることが多く
の消費者の垂涎の的でした。
「トリスを飲んでハワイに行こう」はサントリーのヒット・キャッチコ
ピーですが、「夢のハワイ」であった時代にはドキンとする言葉でした。
ビジョンは、「夢」が語られなければ威力を発揮しません。
また、顧客に対しての「夢」は当然ですが、従業員に対しても夢が語ら
れなければなりません。
シャープは夢が語られなくなっていますが、トヨタやパナソニックやホ
ンダなどは、ニュアンスはそれぞれ違うものの夢を語っている会社です。
パナソニックは昭和7年に、ほんとの創業とは異なり第1回創業記念式
を挙行しています。
そのときに、水道哲学が提唱されました「この世から貧乏を克服し、人
々に幸福をもたらし楽土を建設することができる」と、250年計画と
いう壮大なミッションとして述べらています。
ホンダには「The Power of Dreams 」のキャッチフレーズがあり、それ
こそ「夢」が標榜されている会社ですが、そのホンダには面白いエピソ
ードがあります。
どんな超優良企業でも、その歴史の中には時として思いも知らぬ逆境を
味わっています。
昭和29年は、マン島のTTレースの出場が宣言された年です。
しかし、この時は倒産の一歩手前の時でボーナスをも充分払えない状況
でした。
そんな時に、何故こんな世界一を目指す夢が語られたのか。
こんな八方ふさがりの時には、夢でも語らなければ心が萎えてしまうか
らと言うのが種明かしです。
しかしこの夢はチャレンジして3年後に125CC、250CC、1位
から5位までの完全優勝が実現されています。
日本の弱小の名もなき企業が、誰知られずの状況から飛躍して世界のひ
のき舞台に躍り上がった瞬間でした。
トヨタも夢から出発しています。
創業者豊田喜一郎のこれからの日本の産業を引っ張っていくには自動車
産業は興隆がどうしても不可欠だという思いから出発しています。
余談になりますが、トヨタにも大きな危機がありました。
メインバンクに見放され、社長の退陣と大量のリストラを条件に大蔵省
の支援で何とか倒産を切り抜けた時代があります。
企業ビジョンは、一国の経済環境を変えることすらあります。
ヘンリーフォードは大量生産・大量消費のビジョンのもとに時代を一変
させています。
大量生産方式(ベルトコンベアによるライン生産方式)により安価な自
動車が供給され、高賃金政策(日給を2.34ドルから5ドルに)によ
り自分がつくった自動車が購入できるようになり大量消費の道の開かれ
る切っ掛けがつくられて行きました。
賃金の上昇は。労働力確保のために他の産業の高賃金政策が追随・促進
されこのことになり、アメリカの中間所得者層の形成につながって行き
ました。
それと同じくして、大量生産、大量消費の産業経済の時代が開かれて行
きました。
