アサイコンピュータサービス

19回目 経営における「心」の役割

ソチパラリンピックの集団行動から

2014年3月のソチパラリンピックの開会式において、ロシア人ダンサー による「集団行動」と呼ばれる100人近くの集団パフォーマンスが演じられました。 これは驚異のパフォーマンスで集団で縦、横、ななめさらに後ろに自在に動 きクロスさせる一糸乱れぬ演技です。
この驚異的なパフォーマンスには、もう一つの驚きがあります。 この演技を指導したのが、日本体育大学の「集団行動」の創始者である日本 体育大学の清原伸彦氏であるということです。 それも“ずぶの素人”とまでは言えないけれど、12・3歳の少年少女も混 ざるダンサーに対する1ケ月に満たない指導によりなされたものです。
指導の効果を引き出す最大の武器は「ことば」です。 この「ことば」がロシア人では、通訳を通じてしか伝わりません。 何度も何度も基礎である集団で歩くことが続けられます。 最初の段階から清原氏は「私の言うことについてくれば、必ず君達に感動を 与える」と約束しました。
しかしながら通訳を通しての「ことば」では「心」が伝わりにくく、また日 本人とは違った感性を持っているので遅々として訓練は進みません。 余り統制のなさに指導者本人の口がらあきらめの愚痴さえ出るしまつです。
それでも何度でも訓練を繰り返されました。 そのうちに決められた訓練の時間に遅刻する者され出るに及んで、何が大切か が伝えられます。 その時に言ったのが「集団行動を創り上げるのはテクニックではなく“心”だ」 と言うことが訴えられました。
氏は「人間、きつくなったらどこかでさぼりだす。そういうところで自分に負 けてしまう。」、だから『「30分集中しろ」『10分集中しろ』」と言い。 そしてあらためて「私の言うことについてくれば、必ず君達に感動を与えてや る」、「感動するにはキツイぞ、耐えられなかったらダメだぞ」ということが 諭されます。
中だるみは、簡単には取り除くことはできません。 そこで、訓練の取って置きの「奥の手」が使われました。 それはあらかじめロシア人コーチを集め、「今日の訓練はあと一回のパターン 演技で休憩とする。そのとき結果の如何にかかわらず拍手をもって大絶賛して ください。」と伝え。
訓練を受けているダンサーに「集中を求め、今日はこの訓練で休憩とする成果 を示してほしい」伝られました。
結果は、日ごろの行動には見られなかった統制のある演技ができました。 コーチ陣と打ち合わせていた暗黙の賞賛が、本当の賞賛に変わった一瞬です。 ダンサーは自分自身たちも感動を味わい、少し違った「集中と心の意味」を味 わったようです。
もちろん本番の開会式の場では、来場者に感動の輪を広げました。 特に、ロシア国旗の揺れる演技では、ダンサーの本領を発揮した優雅な動きで 会場を魅了し賞賛を獲得することにつながりました。
清原氏は、企業においても「お前のこの仕事は、凄いことやってるんだぞ。 期待してるぞ、そう言い聞かせてやれば社員にもスイッチが入りますよ!」と 述べられています。 氏の驚異のパフォーマンスを指導した体験のことばであり、聴くべき重みが感 じられます。

経営者の「人間特性」へのアプローチ

経営者の役割は、よくオーケストラの指揮者に例えられます。 自分が楽器を奏でるのではなく、多くの演奏家の能力を引き出しつつ一つテー マのもとに調和をもって演奏させます。
感動を与える演奏は、指揮者の構想と全メンバーの想いを一つにまとめてこそ 実現されるものでこれがマネジメントです。
経営とは儲けることを目的のために行う活動ではあり得ません。 その活動は人の欲求を満たすことを目的に行われ、実現して、その結果が利益 につながります。
それも一人の能力や知識では限界があるので、多くの人が関わることによって 大きな成果を実現させることができます。
経営者の役割はその経営者自身の知恵と判断そして決断により、集団に参画す る個人の「感動」を呼び覚させることによって最大の貢献活動を引き出して成 果に結びつけることができます。
そこには自ずから、人の特性を理解したうえでの経営が求められます。 人の特性の中心点は「心」です。

「心」の特性は、“自分で考えて行動できる自由”を求めます。 そして、その行動の過程で充実感が得られ成果が実現すると「達成と成長の感 動」を得ることができます。
しかし同時に矛盾も混在します。 自由には責任と言う重荷を伴い、そのため「心」の別の側面として「考える自 由」を信頼できる強力なリーダーに委ね「達成と感動」を得たいという隠れた 本性もあります。
人それぞれはそれぞれの個人動機と価値観により、個々の判断で行動します。 それと同時に集団に帰属したい、仲間と感動を共有したといった感情をも持ち その別の本性の中でも生きようともします。
人をして一つの組織の集団活動の中に組み込むには、この特性・本性を熟知し たうえで、その欲求を実現できるように導かなければなりません。 これは太古からの法則で、集団から意欲を引き出すリーダーの方策です。 個人は、より自身の欲求を持たしてくれるまたは満たしてくれると期待できる 組織及びリーダーのもとに帰属しようとします。

すべての繁栄する組織・集団においては、この論理を熟知したリーダーのかか わり方があります。
中堅企業においても「人の心」を知らない経営者、特に創業2代目経営者が後 継者になったとたんに業績が一気に下降する状況がよくあります。
成果を実現できる経営とは、人である“顧客”に対しても“従業員”に対して もその「心」の本性を看破したうえで「必死の知恵と覚悟」を持ってかかわる “人としての経営者”が行う活動です。

優良企業のアプローチ

優良企業には2つの経営に対するスタンスがあります。 一つは働く人に「感動」を味わえる仕組みで、もう一つは働く人の「感動」を 顧客の感動」に結びつける仕組です。
働く人の感動を引き起こすメカニズムには2つの源泉があります。 一つは「危機からの解放」で、もう一つは「夢の成果の達成」です。 この二つが、連続してなされるとき最高の「感動」が実現されます。 最良の経営者とはこのことを自覚してマネジメントできる経営者と言えます。
名だたる経営者はこれを実行させた経営者で、 パナソニック(旧松下電器)の松下さん、トヨタの石田退三氏と豊田英二氏、ホ ンダの藤沢武夫氏と本田宗一郎さん、日産のカルロス・ゴーンさんなどがいます。 中堅優良企業といえども危機がないなどとは全く言えません。
むしろ、危機を必死で克服しそれをバネとして強くなってきています。 このなかでまだ記憶に新しいのは、日産のカルロスゴーンさんで1999年3月、当時 財政破綻の危機に瀕しルノーと資本提携を結んだときにやってきました。
最初の1年間ほどは、社内の現場の各部署を巡って問題点のありかを探り、そして 再建に向けて社員とともに「日産リバイバルプラン」を作成し提案がなされました。
このプランで日産の再生を約束し「達成できなければ経営者の地位を去る」と明言 しての改革でした。
計画の主な骨子は「コストキラー」と異名をとることになった政策です。 もう一つ守るだけでは将来はなく、売れ筋製品の開発も同時に行われました。
従業員に将来の光りをビジョンによって示し、自身の進退をかけた強固な意志を明 確にしたチャレンジでした。
「コストカット」は手段をえらばない厳しいもので、系列の企業であろうが部外企 業であろうがとにかく価格低減に協力するところを選び、協力企業には見返りとし て購入数量の拡大を約束し実施されました。

ホンダにも危機の時代があります。 1954年に訪れた危機は最悪のもので、折からの不況と大ヒットを期待していた 機種の不具合で全く売れなくなってしまったのです。 この時は過剰な先行投資とも相まって仕入先への支払いも従業員への賞与も支給で きずの破たん寸前の状況になりました。
このとき売れ筋機種の大増産と新機種の不具合の解決、仕入先と従業員の説得さら にメーン銀行の保証取り付けることによって当面の危機を脱しました。 その時期に希望の光として従業員に宣言したのが「マン島オートバイTTレース」 出場の宣言です。
これは従業員へのせめてもの勇気づけでしたが、1959年に本当に出場し125 CCクラス6・7・8・11位に入賞し世界の賞賛を受けました。
さらに1961年には125CCと250CCで1位から5位まで独占し、そして さらにF1レースへの進出と快挙へとホンダの神話がつくられて行きました。
松下さんは、不況期こそ企業が成長できるチャンスであるとし「不景気のときであ ってもよし、好景気ならさらによし」と言い、「ほんとうの商売人、真の 経営者 というものは、不景気のときにむしろ向上発展の基礎を固めるものです。」と明言 しています。 「人間の心」を理解している経営の達人の至言です。

優良企業の「カンボコ」

ホンダには「カンボコ」という言葉があります。
これは「感動」と「ボコボコ」に叩かれていることを意味します。 ホンダは、創業者本田宗一郎の時代から「現場・現物・現実」の三現主義に徹してお り、現場での仕事を通して学ぶことが求められます。
前社長の福井威夫氏によると「本田さんは毎日のように現場にやってきては、こんな の可能なのかと思えるような宿題を出し、次の日に解決できていないと『まだやって いるのか、バカ野郎』と怒鳴りつける。毎日が必死でした。」言っています。 F1レースにおいてはこれの連続で、成功と失意を繰り返し体験することで「優勝」を 勝ち得えられて、そして個性の強い人材が育ちました。
トヨタでは、現場でトラブルがおこったら「何故を5回繰り返せ」と言います。 これは「カイゼン」の教祖で「かんばん方式」の創始者である大野耐一さんの指導の仕 方です。
解決のヒントさえあたえません。 トラブルの現場に立ちずっと見つめ、現象を見ることで問題点が明らかになってきてそ の原因を何度突き詰めることで「真因」が明かになってきます。
教えるのは一見「やさしさ」であるよう思われますが、教えられた本人の成長すること にはつながりません。
突き放され、必死で突き詰めることでやっと“本物の仕事人”に行きつきます。 指導者は教えたいのをぐっとがまんし、成功した時にさらりと必ず褒めます。 それが「感動」へとつながり、ほんもののモノづくりのエキスパートへと育ってゆきます。 成長することがなります。
個人でも企業でも、とことんまで追い詰められてそのなかで自身の力で切り抜けることに よってはじめて優良(エクセレント)に成長して行きます。 マネジメントは、このことを正しく認識する必要があります。
サントリーは安定している「洋酒」事業から、「やってみなはれ!」の精神で赤字を累積 させる「ビール」事業にあえて進出しました。 安定は破たんにつながる惰性を生みます。
「危機感」こそが、人の心に絶えずチャレンジ精神と将来のチャンスを創り上げる特効薬 となります。
ただし、何もしない何も学ばない放漫のうえでの「危機」では破たんを回避できることは ほとんど不可能です。