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78回目 あるべき価値観のマネジメント

チャンスは身近にこそありますが

10数年前の話ですが『マネーの虎』という人気テレビ番組がありました。 売上数10億といった勝ち組の経営者たちが、起業を志すプレゼンターから 創業プランを聞き取ってこれはと思える人物に投資をするというものでした。 興味をもって見られたのは、考えの甘い創業希望者に対する世間の荒波を越 えてきたプロ経営者の手厳しい指摘がうけたからのようです。

その勝ち組経営者の一人堀之内九一郎氏は、ホームレスからアイディア一つ でリサイクルショップ「創庫生活館」を立ち上げ1992年には法人化して 直営店とフランチャイズ店によって全国チェーン展開をはたしました。 しかし、2013年に同業他社との競争激化の対応ができず資金繰りが悪化 し破綻して受け皿会社であるリハンズに譲渡されてしまいます。
このチェーン展開をした「創庫生活館」をはじめて多くの同業態店を見て、 この業態にこそチャンスがあると確信した人物がいました。 1997年中古厨房機器を販売する「テンポスバスターズ」を設立し、その わずか5年後の2002年ジャスダックに上場させた森下篤史氏です。 今では、本体の直営店だけでも49店舗を展開させています。

同業態なのに一方が破たんし、もう一方が栄えているのは何が違ったのか、 「創庫生活館」の堀之内九一郎氏と「テンポスバスターズ」の森下篤史氏の 何が違ったのかを探るのは、経営のコツを知る重要な手がかりになります。 マクドナルドのレイ・クロックが言う「勇気を持って、誰よりも先に、人と 違ったことをする。」こそ重要ですが、その続きがあるということです。
「テンポスバスターズ」の森下篤史氏は、このように言っています「テンポ スの事業だって、特別新しいものじゃない。ただ、競争相手が普通の努力し かしてないなかで、注ぎ込むエネルギーの量が違うんだ。」と。
お笑い芸人でも一発芸で一世を風靡しても、多くはすぐに萎んで行きます。 ビジネスの世界でもまったく同じ現象がおこっています。

戦後の物不足の時代から高度成長までの良き時代では、勇気があって仕事を 立ち上げればマネジメントがまずくても時代がそれをカバーしてくれました。
今の時代は、テンポスバスターズの森下氏の言うように「競争相手が普通の 努力しかしてないなかで、注ぎ込むエネルギーの量が違うんだ。」に気付き 実行するする経営者が大きく成長して行きます。
良い企業(ここで一言加えますが「良い企業」とは「大きい企業」と同じで はありません。)になるには、戦略経営と呼ばれる「勇気」に「知恵と実行」 を加味した経営でなければないないといことなのでしょう。
森下氏の「閉店する飲食店などから定価の1割で買い取った厨房機器や備品 をリサイクルし、1割の粗利益を乗せて販売する。」などは具体例です。

少し補足します「定価の1割で買い取る」は誰にも明確で安心できる方式で 「リサイクルし、1割の粗利益を乗せて販売する」も同業他社に抜きんでる 明確な価格政策であろうと判断されます。 もちろん個々の状況においては例外も多々あるのではと推測しますが、この 「考え方」の実践こそが企業に「強み」をもたらす強力な武器になります。
テレビ番組『マネーの虎』の出演者のその後を見ますと、現在も活躍中の経 営者も少なからずいるものの多くは破綻しています。
貞観政要という中国の古典に「守成は創業より難し」という言葉があります。 一時は栄えても、それを維持するの「難し」です。 変化しなければ革新(イノベーション)しなければ、破綻してしまいます。

現在も活躍中の一人に南原竜樹氏がいますが、氏は復活した経営者です。 外国高級車の内外価格差に目をつけ輸入販売ビジネスをはじめて年商55億 円まで行ったのですが、輸入権を獲得していたМGローバーが破綻したこと で100億円の負債を負い全てを失いました。 しかし、持ち前のアイディアと活力とで再起を成し遂げたのです。
栄枯盛衰は世の常で、多くの名経営者には失敗の中から一回り大きな知恵を 見い出して一回り大きな事業を展開することが多く見受けられます。 ところで、松下幸之助さんは稀な人で、破綻の少し手前でまた破綻しないよ うに先回りして一回りも二回りも大きな知恵でもって成長を実現させました。 「水道哲学」や「人をつくっています。」が、知恵の果実です。

先の南原竜樹氏ですがどのように復活したかを見ますと、もともと経営手腕 が劣っていたから破綻したのではないので、元手のいらな人材派遣業の成功 を切っ掛けにして事業を広げ次々に規模を拡大しています。 ちなみに、同氏の株式会社LUFTホールディングスの理念は「誠実と真心 を持ってお客様に接し、人を活かして社会に貢献します。」です。

価値観のあり方

競争有利をもたらす全てにおいてその謎を解き明かす「キーワード」は、顧 客の根源的な欲求を満たすことができる『効用』があるかどうかです。
『効用』とは少し分かりにくい言葉ですが、例えば一眼レフのデジタル・カ メラの効用は「想い出をキレイに一生残す」といったことです。 企業の「ミッション」は、あるべき『効用』を創造し提供することです。

経営学者のドラッカーの言葉を引用しますが、ドラッガーは「考えるべきは、 ミッションは何かである。ミッションの価値は、正しい行動をもたらすこと にある」と言っています。
自身のあるべきミッション(使命)を取り間違えると、顧客に本来的になさ なければならない貢献ができず力を発揮しえないことになります。
ミッションは「コンセプト(理念)」として、内外関係者に明確に定義され 企業の目指す方向性を明らかにします。 よく勘違いされるのは、他社がホームページに「コンセプト」を載せている ので自社でもそれらしいものを掲げなければいけないとするものです。
勘違いしていても安泰でいる企業もありますが、何かがあるのでしょうか。

少し脱線しますが、何か持っておられるのであれば、あらためて自社の強み となるミッションの確認が求められます。 多くの普通の企業が未だ競争優位を確立していない間に「注ぎ込むエネルギ ーの量」を生み出させる「ミッション」を認識して、意思と活力を結集させ るべき天の声でもある「コンセプト」を掲げましょう。
先にあげたリハンズ(創庫生活館)とテンポスバスターズの企業理念を比較 してみますと、リハンズ(創庫生活館)の企業理念は「1. 物を大切にしよ う2. 自然を残そう3. より豊かな暮らしをしよう。」で、対してテン ポスでは「フードビジネスプロデューサーとして大手の荒波を受ける中小飲 食店のための防波堤となり、共に成長していくことを目指す。」です。

どちらの「コンセプト」が、あるべき価値観を語っているのでしょうか。 人は生きているだけでは、満足などできようはずがありません。 「より良く生きる」「喜んでもらえる」という意義や夢は、「働き甲斐」の 起爆剤でありエネルギー源となります。
「価値あるコンセプト」の創造は、経営者が行うべき責務であり貢献です。 さらに、なされなければならない経営の知恵のエッセンスがあります。 「価値観」はあるべき活動へと導かれて、結実しなければ意味がありません。 そのために、コンセプトから導き出された行動規範が力を発揮します。
リハンズ(創庫生活館)では行動規範は示されていないようで、これに対し てテンポスには多彩な盛りだくさんの行動規範が示されています。
いくら優秀な人材がいても「行動規範(私たちは何をしなければならないの か)」が示されていなければ、各々勝手な方向にしか走れません。 また、あるべきでない行動規範では、不出来な作物しか実らず腐ります。 多くの優良企業とされる中堅企業には、成長の原動力となる行動規範が示さ れていて一貫性があり強みが形成されています。

京セラでは「全員参加経営」を実現させるために各アメーバ(事業採算単位) に「時間当り採算制度」があり、「人間として何が正しいのか」「人間は何 のために生きるのか」の「京セラフィロソフィー(行動規範)」を縁に「あ るべき活動」が導かれて安定と成長が担保されます。
独自の組織及びシステムによって、企業文化(風土)が完成されて行きます。

顧客満足の模範生である「リッツカールトン」も「ディズニーランド」にも 強みの源泉たる「コンセプト」と「行動規範」がもちろんあります。
さらに強みとなるのがマニュアルですが、これは現場で実際にお客様に接す る当事者である担当者が「行動規範」をどう具体化していけばよいかを考え て創り上げて行きます。
「リッツカールトン」は「ゴールドスタンダード」とよばれる企業理念があ り、その核は「クレド(信条)」で「お客様に心あたたまる、くつろいだ、 そして洗練された雰囲気を常にお楽しみいただくために最高のパーソナル・ サービスと施設を提供することをお約束します。」とあります。
「サービスの3ステップ」「サービスバリューズ」の行動規範を持ちます。 「ディズニーランド」には「あらゆる世代の人々が一緒になって楽しむこと ができる“ファミリー・エンターテイメント”を実現」という理念があり、 そして「Safety(安全)、Courtesy(礼儀正しさ)、Show(ショー)、 Efficiency(効率)」という4つの行動基準を設けられています。
さらにこの行動基準では、Safety(安全)が最優先されています。

経営者は「チアガール」

北関東はコジマ、ヤマダ電機などの家電量販店の発祥の地だそうですが、こ の激戦区の栃木県にありながらカメラ販売でシェアナンバーワンをとる「サ トーカメラ」という名のローカル・チェーン店があります。
その不思議さには、全国からさまざまな業種の人たちが訪れて少しでもその 奥に隠された秘密をさぐりその繁盛にあやかろうとするそうです。

その秘密を、同社の専務佐藤勝人氏の著書から探って見ようと思います。 チェーン展開のきっかけは、1988年に60坪の売り場面積のカメラを中 心にした総合家電量販店をオープンさせたことに始まります。
最初は網羅的な品ぞろえをしたのですが、強力な競合店相手では太刀打ちで きる術もないことを悟り瀬戸際の策としてカメラ専業店に特化させました。
生き残るためには、どこかで強みを見つけなければなりません。 白けた解説になりますが、弱者が有利に勝負を進めるには「弱者の戦略」つ まり総合戦ではなく一対一に持ち込まなければ互角には戦えません。
佐藤勝人氏によると、売り場面積60坪というのは家電量販店のカメラコー ナーが30坪程度なので決して遜色のない広さだそうです。

「サトーカメラ」の経営理念は「思い出をキレイに一生残すために」で、 また白けた解説になりますが、企業の役割は顧客の「現実、欲求、価値」か らスタートして適えることに尽きます。 ここで取られる戦略が非常識とされる「非効率」で、アソシエイト(店員) は何時間でも「思い出をキレイに一生残す」ために寄り添います。
少し蛇足で説明します。「アソシエイト」とは耳慣れない呼称ですが「仲間、 共同事業者」という意味で、アメリカ最大の量販店ウォルマートの創始者で あるサム・ウォルトンもこの「仲間」という呼びかけを行っています。 蛇足ついでに、ディズニーランドでは「キャスト(ショーの出演者)」であ り、マクドナルドでは「クルー(乗組員)」とわざわざ呼びかけます。
これらの呼称に込めているのはワーカー(労働者)ではないという思いで、 「アソシエイト」は「思い出をキレイに一生残すために」というミッション (使命)を共有する「仲間」であることの宣言です。
仲間に対してはとうぜんの作法「仲間の個性・能力を最適に引き出して最大 に活躍できる場を整える。」とし、これが経営者の役割とされました。

ところで、マニュアルを超えてのサービスを提供とすると言われる「リッツ カールトン」の社員の採用はどのように行っているのでしょうか。
「紳士淑女をおもてなしする私たちもまた紳士淑女です。」のモットーのも とに心理テストもあり慎重に選考されかつ「信頼、誠実、尊敬、高潔、決意」 をもってして、入社1年目は300時間の研修も実施されています。

ついでに「ディズニーランド」を見てみますと、そのスタッフの9割はアル バイトであるので原則すべての人がウェルカム(採用)だそうです。 さすがに選考はできないようなのですが、けれどこれらの「サービスの巨人 たち」はともにある特質すべき共通の基本政策を持っています。
それは「価値観」を浸透させるために、惜しまず多くの時間を割くことです。 これから、また「サトーカメラ」の強さを考察して行く作業に戻ります。 「サトーカメラ」のいつも元気で楽しく働いている「アソシエイト」はもっ とも羨しがられる存在なのですが、佐藤氏によると「大半が何の考えもなく、 どこにも就職できなかったからというレベルで入社してきた。」と言います。
けれど、この人たちは「売ることの楽しさ」を知って商人に変身しました。

同社には「マーケティング」を具現化させる行動規範があります。 それは8つの行動で「行動1お客様はいつも正しい、お客様から学ぶこと」 にはじまり「行動8お客様が悪いと感じたら行動1に戻れ」に終わります。
理不尽な怒りをぶつけられても、「聴く」ことで原因を教えてくれます。 新人研修会で必ず伝えるのは「お客様はいつも正しい」ということです。
お客様に寄り添い聞き続ければ「聞く」力は伸び、提案する力もつきます。 じっくり聞くことからスタート「1.目を見る2.身を乗り出す3.しぐさを 見逃さない4.共感したらうなずく5.疑問はすぐに聞き返す6.分からな ければ何度でも質問する7.これはと思うことはメモる。」、そうすること で最後の解決策を提案する「伝え方」が磨かれて行くことになります。

アソシエイト(仲間)は、売り方を強要されるマニュアルはありません。 互いが「得意なこと。好きなこと。」を何度も繰り返し、それぞれのお客様 にエキサイティングをご提供して「商人」に変身して行きます。 接客下手が「カメラ診断士」になり、店舗をカフェっぽくして再生させ、電 池をPOPで語らせて売上を5倍にするなど多彩な驚きを発生させています。

「価値観」の共有こそが、繁盛店の絶対条件です。 経営者の重要な仕事は「価値観」を見出し、忍耐強く説得して浸透させ、後 は心地よくその力が発揮できる環境をつくり支援することとなります。 何のためか、現場で働く人がお客様の喜んでもらえる「効用」を提供できる ようにするためであり、目的・目標はすべてそこに収斂されて行きます。
20世紀最大の経営者と言われたジャックウェルチは「われわれはすべてを 従業員に賭けている。権限を分け与え、資源を与え、彼らの邪魔にならない ように心掛ける。」「自分の役割はチア・リーダーだ」と言います。
「数字はビジョンではない。数字は結果の産物だ。」ともっともガッツのあ る経営者が言い切っています。

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