アサイコンピュータサービス

41回目  人のマネジメント

金銭的刺激とやる気

テレビ番組の「ガイアの夜明け」を見ていると興味を引くケースによく 出くわします。
長野県南部に位置する駒ヶ根市にある天竜精機の話でした。 この会社は後継者に悩み、コンサルティング会社に株式の7割を売却して 経営権を譲りました。 そこで日立グループに長年勤めていた小野賢一さんが、後継者として引 き継ぐことになりました。
興味深く思ったのはこのことではなく、この後継者になった小野賢一さん の行った経営の手法です。 もともとは目標管理のなかった企業に、この制度を導入しました。 10%の業績アップを目指したのですが、この目標が従業員の努力で期中 で到達することが明らかになりました。
この時の対処の仕方に、興味を持ちました。 それは、利益配分としての臨時ボーナスを支給を宣言したことです。 それまで、単身赴任のマンションに常時各部の社員を招き、自分の得意な 得意料理で「もてなし」して未来について夢を膨らませていました。 この夢の達成の過程での臨時ボーナス支給です。
ここでの興味は、やる気と報償との関係です。 産業心理学の理論として、ハーズバーグという臨床心理学者の理論があり ます。 その内容を簡単に述べますと、「やる気」になる要因と「不満」がおこる 要因は異なるというものです。
一般の経営者の感覚では、金銭的に刺激すればやる気が喚起されるという のが一般的な解釈です。 ほんとうにそうでしょうか。
これに対して、理論では金銭的な報酬は「やる気」とは関係ないとしてい ます。 「やる気」を引き起こすもとは、「達成感」「承認」「仕事そのもの」 「責任感」「上昇」「成長」だとしています。 としたら「臨時ボーナス」にどんな効果があるのか。 金銭的刺激は、不満の抑制に効果があるのは確かです。
少し横道にそれますが、不満の抑制に役立つのにはどんな要因があるか 「報酬」はもちろんとして、「満足できる管理」「理解ある上司」「仕 事環境」「同僚との関係」で、このような条件が揃うとその職場を辞め ることはありません。
天竜精機での「臨時ボーナス」に話を戻します。 この場合の「臨時ボーナス」には、3つの効果があります。
1つ目は、なんとなく漂っていた不安感の払拭です。 経営者は、従業員のことを考えていてくれるのだという意志表示です。
2つ目は、さらなる「やる気」の源泉となる「達成」「仕事そのもの」 「責任」「成長」の実現です。 そして、3つ目は後継経営者が従業員とともに飲みながら語り合った夢の 実現です。 いっしょになってザックバランに将来を語り合うことは、信頼関係構築に 欠かせない要件で、団結力の象徴としての「臨時ボーナス」は目に見える 形として示されたものです。
ちなみに京セラの稲盛さんは、数多くの社員との忘年会などの飲み会はど んなに体調が悪かっても参加されていたそうです。

「やる気」の源泉

群馬県高崎市にある「ばね・スプリング製造」の中里スプリング製作所の 社員採用の基準は一風変わっています。 その採用基準は、「ウマが合うか」を第一にしています。
また、報償制度もまた一風変わっています。 年に一度、経営者が独断でがんばっている人を1、2名表彰しますが、そ の褒美内容が少なからずユニークです。 「会社にある材料と設備を使って好きなものをつくる」か「嫌いな取引先 を一社を切ることのできる」権利を与えます。
中里スプリング製作所の制度は風変りですが、非常に道理に適った勇気あ るもので、「やる気」のマネジメントとしては最良のものです。
「嫌いな取引先を一社を切ることのできる」権利は、働く人間としての尊 厳を保証するものであるとともに、裏メニューとして自社のこれからの成 長にとって障害となる企業との取引を中断できる仕掛けになります。 従業員が報償として切ってくださいとまで言わせる企業には少なからず問 題があります。
表メニューの従業員の選択権限は、企業が従業員にもっとも根幹の意思決 定に参画できるというメッセージになります。 それも、報償としての執行権は自覚と自信を植え付けることになります。 さらに、一見暴挙ともとれる制度が、欲求不満の排出弁となり安定弁にも なります。
ただし、得意先の切り捨ては売上減少の危険を感じますが、ここでも経営 者自身へのカラクリがあります。 中小製造業で社員が一番嫌で苦手なのは営業です。 嫌なことはやらせたくないということで、経営者は褒美をあげる度に自分 でがんばって新取引先を10件増やす営業活動を自身に課しています。
「会社にある材料と設備を使って好きなものをつくる」権利については言 わずもがなです。 ここで「やる気」の仕組みを整理するために、産業心理学に「マズロー」 の欲求段階説」を蛇足ですが解説します。
人の欲求には5つの段階があるとしています。
1.「生理的欲求」:基本的・本能的な欲求(食欲、睡眠欲など)
2.「安全欲求」:危機回避、安全・安心(雇用、社会保険など)
3.「社会的欲求」:コミュニティー(仲間関係、団体競技など)
4.「自我の欲求」:承認願望(賞賛、昇給、地位、勝利など)
5.「自己実現欲求」:達成願望(好きな仕事、チャレンジの達成など)
欲求段階説は、基本欲求1.「生理的欲求」が満たされるとより高次な欲 求2.「安全欲求」に移行するとしています。 お給料がある程度満たされると、安定な状況を求め、それも満たされると よい高次の欲求である社会環境を求めます。 これは、「やる気」の刺激にはなり難いのですがその基盤にはなります。
「よい外的条件」がなければ、少しでも良い条件があれば、会社を辞める ことになります。 よくあるのは中小企業の後継者で、給料も人並み以上で、わがままも言え るに「チャレンジしない」「やる気」はなく、そのくせ辞めないのは「自 我の欲求」「自己実現欲求」の環境にない不幸な状況にあるからです。
公的機関にも、少なからずこのことような環境条件があります。 少し脱線しましたが、人がやる気を出すのは「自我の欲求」「自己実現欲 求」の可能性にあるときです。 報償として「会社にある材料と設備を使って好きなものをつくる」「嫌い な取引先を一社を切ることのできる」こそは、「やる気」を発揮できる仕 掛けと言えます。
なお、中里スプリング製作所では、この報償は経営者が独断で行います。 それら、すべての従業員が誇りを持てるように、自信がもてるように配慮 できるからです。 独断で行うのは、機会を万遍なく行き渡らせる意図があってのことです。

イノベーション(革新)の環境

革新というと特別な行動のように思われます。 場合によっては、今までも事業の在り方に逆らう危険なことと感じられる こともあります。
企業の存続を保証してくれるのは、顧客です。 世の中は一時も同じ状況にありません。 携帯電話をみんなが持って、それでメールをしゲームをしてさらに居酒屋 を見つけたり買い物をしたり世の移ろいは確実に起こっています。 これからもさらに思わぬことが起こります。
経営者一人がいろいろ予測して、対応しようとしても出来ることには限界 があります。 できることまたしなければならないことは、従業員が持ち知識と意欲を引 出し成果を実現させる環境をつくりことです。 革新の環境をつくり、喜んでもらえる商品・サービスをつくることです。
大阪の堺市北区に機械部品製造業の太陽パーツ株式会社があります。 この企業にも、ユニークな「大失敗した社員に賞金をあげます」制度があ ります。
前向きな挑戦での失敗には、次につながるということで損失を与えること になっても表彰されかつ金一封1~2万円が授与されるというものです。
革新には多くの失敗がつきものです。 1つの成功で、多くの失敗の損失をカバーしなければなりません。 この1つの成功がなければ、よくて少しずつの衰退が待っているだけです。 また、失敗の経験・体験には新たな知識や人脈という財産ができます。 これは、先の力の源泉であり大切な無形資産になります。
失敗できない企業は、革新を行わない企業で必要な新たな成功を得ること できないのはもちろん他社より強くなることはありません。
アメリカ3M Company(スリーエム)という世界的化学・電気素材メーカ ーがあります。 イノベーションの権化のような会社で、自主性と失敗の許容が企業文化と して自社の方針として公表しています。
この内容は、ミスを犯しても責めない等、徹底して個人を尊重するという 考え方が文化のベースになっています。 管理職であっても、確固たる反証材料がない限り、部下のアイデアを否定 することはできません。 この考え方は、「汝、アイデアを殺すなかれ」という言葉とともに、モー ゼの十戒になぞらえて11番目の「戒律」と呼ばれています。 ちなみに最近はやや業績が下がっているものの、エクセレント・カンパニ ーの事例としていつも紹介されています。