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69回目 経営の基本方針の威力

見たくない現実まで見る人

マネジメントの創始者は「ドラッガー」だと言われますが、第一線の経営者 でありながら独学でマネジメントのエッセンスを実践した人物がいます。 その人こそが、だれでもがよく知っている「松下幸之助さん」です。 私はこの人は「先に気づく人」「独覚」の人だと思っています。 零細企業の初期から、会計の「公私」の分離さらに情報開示も行いました。
松下幸之助さんは非常に不思議な方です。 失敗することなく、先取りするかのようにマネジメントを実践されます。 自身で言われる「『血の小便』が出るまで考え抜いたことがありますか」の 賜物ものなのでしょうか。 もっとも『血の小便』は、船場商人の「常用句」でもあったようですが。
またドラッガーを出しますが、マネジメントの基本機能は「マーケティング (顧客の満足活動)」「イノベーション(革新)」だとします。 ところでこの基本活動を実践して、江戸期においてこの日本でみごとに開花 させて一躍大身代を築き上げた人物がいました。 それは三井高利で江戸本町一丁目に越後屋を創業して行いました。
その意味では「マネジメントの体系」は普遍から導き出されたものです。 稲盛さんは、多くを松下幸之助さんから学んだようです。 知り得ている「マネジメント体系」のなかから「あるべき論理」を悟って、 「見たくない現実」から「機会」を見い出し活用することは、ビジネスパー ソンが成果を実現させるための強力な基盤となります。
アメリカにおいて「あるべき現実」に気付いた人の代表は「20世紀最高の 経営者」と称される「ジャック・ウェルチ」でしょう。 「世界で1位か2位になれない事業からは撤退する」との主張のもとに、好 業績であったにもかかわらず当時42万人いた従業員を20万人まで「事業 再構築(リストラクチャリング)」のために大胆に削減しました。
そのために、企業を守り人材を守らないと揶揄され「建物を壊さずに人間の みを殺す『中性子爆弾(ニュートロンジャック)』」と綽名されました。 しかし、結果的にはその後「大企業病」から抜け出せなくなって業績を急落 させるなか「最強企業」と称されて圧倒的好業績を誇りました。 付け加えるなら、この大改革は「ドラッカー」の一言から始まったものです。
ただ私見ですが、アメリカのように契約社会であってはスキルのある人材に とって働く場の変更は場合によっては処遇アップすら期待できます。 主に「リストラクチャリング(事業再構築)」は企業ごとの売却によっても なされることも多く親会社が変更するだけのこともあります。 日本では多く解雇を意味し、本来経営者が取る手段とは言い難いでしょう。
また松下幸之助さんに戻しますが、松下幸之助さんとジャック・ウェルチに は同じ「色合い」が感じられます。 二人は「素直」であり、超リアリストであってチャレンジャーです。 二人は「価値観」を重んじます。「人材」を重んじその「育成」を重んじま す。さらに「衆知」を重んじその「活力」を重んじます。
ユリウス・カエサルは「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけで はない。多くの人は、見たいと思う現実しか見ていない」前々回に引用した フレーズですが、マネジメントにおいて最も失敗するのは「我」に弄ばれて 「見えなくなって」自らを破綻させることです。 ビジネスは現実であって「素直」に考え判断し行動する人には勝てません。

何から始めてどうするか

人間は揺らぎます。それ故に一人であっても多数であっても経営において最 初に成さねばならないのは、将来の成果を約束する「私は何のためにあるの か」「私は何をすべきか」つまり「ミッション」を明かにすることです。 それが何か千差万別で経営者自身が創造しなければならないものですが、た だ言えるのは顧客に貢献でき従業員に活力を与えられるものです。
前回、ホンダが東京進出の時に中古工場に水洗トイレを設置した話をしまし たが、企業が当初に行わなければならないのは価値観を示すことです。 ところで、副社長であった藤沢さんが烈火のごとく怒った事件がありました。 事務員の机の上が乱雑に散らかっていたからで「工場の従業員が必死で働い ているのに、これはなんだ」という思いからでした。

「価値観」は企業を貫いて、一定の方向に導いて行きます。 「価値観」は経営者の「考え方」から導き出されます。 ホンダは本田さんと藤沢さんの合作物で、最高の製品は人財の心と知恵から 生まれるもので「きれいな水洗トイレ」は即時・即物的です。 資金難のなかでここにお金をかけている事実が、ホンダの「価値観」です。
基礎は何か。トヨタを筆頭にして、業績のよい企業で現場が整理・整頓され ておらず散らかっている企業は一社としてないでしょう。 よく中小企業の工場の現場で、原材料や未完成品が無造作に積み上げられて いたり機械から油が漏れていたり錆びついていたりするところがあります。 整理・整頓・清掃がなされていないのは、経営者の「心の塵」です。
優良企業は徹底した「ムダ嫌い」で、生産量が多いだけに一銭・一厘のムダ を削減するだけでもすぐに何百万円の利益につながります。 と言いながら「トヨタ」ですら最初からベストの企業であった訳ではなく、 大野耐一さんの度を越した「こだわり」とその「こだわり行動」を許す経営 者と文化があって最高度に模範とされる企業となれました。
当初、大野さんが工場をめぐっていると材料や部品が散らばっていました。 大野さんはそれをいちいち拾い上げ、これは何円あれば何十円と言って従業 員に徹底的にひつこく指摘しコスト意識を浸透させて行きました。 トヨタと言えば「カイゼン」となりますが、その程度は半端でなく3時間か かるプレス金型の段取り替えをたった3分で行えるようにしています。
ちょっとした逸話を紹介します。 大野耐一さんは、工場ではあまり帽子を着用しなかったそうです。 昭和20年代はカイゼンを労働強化と考える労働組合の反対は強硬で、現場 ではどこからスパナが飛んでくるかわからず死角をなくしいつでも身をかわ せるように帽子を着用しなかったそうです。
当時のトヨタは救済融資を条件として大量の人員解雇を行わざるを得ない貧 乏トヨタで、新規の機械などの購入などは及ばぬことでした。 お金をかけず業績回復を行わなければならない、期待できたのは「従業員の 知恵(際限のない)」だけでした。 大野耐一さんは、ここに焦点を定め過酷に鍛え上げて「強み」としました。
従業員の一人一人が「知恵」を絞り「知識」を創造し実現させる起爆剤です。 「人生」をかけるに値する「ミッション(使命)」があり、自分が工夫でき る「仕事」があり「成果」が実現できるように支援され「努力」に応じて正 しく「評価」されるときに生産性は最大に向上します。 成長できること成功体験が味わえることこそが、最大の「生き甲斐」です。

次にどうするか

どんな企業にも「試練」があります。 知恵のあるマネジャーは「試練」を梃につくづくと考えて、飛躍のためのノ ウハウ・スキルの習得につとめます。 ホンダも昭和29年資本金6千万円で15億円の輸入機械を購入し技術を過 信して強気の勝負行っていた時期があり、思わぬ落とし穴に落ち込みました。

ヒット商品の他企業の参入、野心的な製品の度重なるアクシデント。 ほとんど倒産間近まで行って、いろんな荒業も駆使して倒産を免れました。 藤沢さんはこの時に、近代企業をどうあるべきかとの思いより管理会計の導 入や生産管理の確立を行ってゆきました。 このことで技術だけでなく、経営にも強いホンダが出来上がって行きました。
管理会計なくして、合理的な経営を実現を行うことはできません。 「数値」は知恵の限りを尽くしてチャレンジしたことが、顧客や社会に受け 入れられたかどうかが示される結果であり検証手段です。 また、適切に仕事を設計し適切に人材を育成し責任範囲明快にしていれば、 何が必要な活動か誰の努力が効果があったのかも検証することができます。
昭和11年当時の松下電器の監査課長であった高橋荒太郎さんは、事業部・ 分社の経営が円滑に運営されるように管理会計の「経理準則」を整えました。 松下さん自身が行ったものでないのですが、試練に合うこともなく飛躍のた めのノウハウ・スキルを整えてゆきます。 その知恵も「衆知」を活用するもので、高橋さんに全権を委譲しています。
次にもまた、どうするかについて事例によって見て行きます。 人材は最大の経営資源であり、人材の育成はこの貴重な経営資源が最大に力 を発揮し「従業員の物心の幸福」を適えるための大切な基本です。 また、旧松下電器を見てみますと、昭和9年に「店員養成所」を11年には 「工業養成所」を併設させています。
アメリカにおいても、優良企業は人材育成には資金を惜しみません。 GEのジャック・ウェルチの選択と集中に伴うコストカットは徹底的です。 しかし、そんな中で4,500万ドルを投資したのが「株式会社のハーバー ド」と呼ばれた「クロトンビルの研修所」でした。 ここでは価値観の共有のため、経営者が自ら教壇に立ち浸透に努めました。
最も微妙な人事評価について、話を継ぎます。 よくある人事評価の基準は、成果に至るプロセスを分析しないで売上高など の数値を持って評価することです。 マーケティングの考え方は、営業を行わなくても顧客の欲求を満たすことで 自ずから売上が実現できるようにすることです。
自ずから売上が実現できるようにする仕組みを「プロセス」と言います。 このプロセスを設計して責任者を明確していれば、成果を実現できた要因と 関与した責任者と部署が明確になります。 その結果を踏まえて方針を確認し、全員がモチベーションをもって方針を実 現できるように経営者の意思を明確にする「意思表示」が人事評価です。
GEのジャック・ウェルチの人事評価基準を紹介します。
GEの人事評価は「業績」と「バリュー」の2軸をそれぞれ3段階ずつに分 けた9マスの中にプロットして行います。 「バリュー」とは外向志向、明確で分かりやすい思考、包容力、専門性で、 特徴は、業績がよくても「バリュー」を共有しない者は評価しないことです。
最後にパナソニックの7精神とGEの信念(ビリーフス)を比較・検証して みます。

<パナソノックの7精神> <GEの信念(ビリーフス)>
一、産業報国の精神 1.お客様に選ばれる存在であり続ける
一、公明正大の精神 該当なし
一、和親一致の精神 4.信頼して任せ、互いに高め合う
一、力闘向上の精神 3.試すことで学び勝利につなげる
5.どんな環境でも勝ちにこだわる
一、礼節謙譲の精神 該当なし
一、順応同化の精神 2.より速く、だからシンプルに
3.試すことで学び勝利につなげる
5.どんな環境でも勝ちにこだわる
一、感謝報恩の精神 該当なし

GEの信念(ビリーフス)>(2015年から実施)
1.お客様に選ばれる存在であり続ける
2.より速く、だからシンプルに
3.試すことで学び勝利につなげる
4.信頼して任せ、互いに高め合う
5.どんな環境でも勝ちにこだわる
以上を見ると、なんとなく日本と欧米の価値観の違いも見えてくるようです。

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