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74回目 現実としての経営

国民性と「経営スタイル」

「日本の『常識』は、世界の『非常識』」と言われることがあります。 この言葉を何気なく聞くと「謙虚」な日本人は「世界の常識」に合わせなけ ればならないと考え込んでしまうのですが、ドラッガー(経営学者)は、こ の日本の「非常識」を高く評価していました。 「世界の常識」にない強みあるからこそ、不安が増すと円高に振れます。
一頃、アメリカの合理性を見習って強い経営を実現しようということで「成 果主義」評価制度の導入が流行しました。 そしてこれが「戦略的判断」とされました。 日本の「非常識」の持つ戦略的「強み」を知らずして、吟味もしないままに アメリカの「常識」を導入するのは合理的なのかと疑われます。

今でも成果主義は行われていますが、いろいろ修正がなされているようです。 どこの国もそうですが、日本にも独自の「メンタリティー」があります。 風土のためそうなのか農耕を行い始めてからそうなったのか分かりませんが、 和しやすく「道楽」なのか「匠」のDNAなのか、物欲とは異次元でモノづ くりを行うといった「凝り性」な面を持つようです。

最近、日本で経営(生活)基盤の持とうとする中国の方も増えてきています。 それらの中国の方との接点で印象深いのは、自己中心の論理展開とその単刀 直入な金銭感覚です。 その方たちに「日本の商慣習」を「取引する場合には、お金を出したからと 言って、すぐに相手にしてくれると限りませんよ。」と説明します。
その時に、言うに言われぬもどかしさを感じてしまいます。 合理的には「お金を支払うのだから売らないのはおかしい。」はずです。 しかし、日本の商慣習ではお互いが信用しての利害関係の構築を求めます。 望むのは長期の安定した信用できる相互関係です。 今は崩れる傾向があるのですが、ここから生まれたのが「系列」でした。
この日本の独自な性向は、とうぜん日本人の多くが持つところのものです。 報酬を得るにしても業績を上げるにしても突出すると後ろめたさを感じたり、 例え有能であっても「出る杭は打たれる」のたとえ通り謙虚さのない欧米流 の個人プレーでは嫌悪されます。 ただしグローバル化がすすむと、虚弱な「個」では対応できないのですが。

中国人やアメリカ人には、この日本人の「メンタリティー」はないでしょう。 自身が評価されるように「過大」に自己主張して、少しでも高い評価を得よ うとし他と競い合います。 そうしなければ職にありつけずまたより豊かな生活をありつけないためで、 お互いがこのルールで競うので後ろめたさはないようです。
話を改めますが、トヨタ自動車の業容は群を抜いていますが、その理由がト ヨタの生産方式つまりTQM(総合的品質管理)に負うところが大です。 このTQMが業績アップに貢献するのは明確なのですが、すべての企業で有 効に機能しているとは言い難く、さらに言うとアメリカ企業では経営風土が が違うので特にそうであると指摘されています。
トヨタの業容をアップさせているもう一つの主役であるジャスト・イン・タ イム(カンバン方式)に至っては、多くの日本企業が採用したのですが成功 した企業はほとんど皆無と言われています。 ところがこの方式については、アメリカでは「リーン生産方式」として注目 されあらたな経営手法にもなって違う展開がはかられています。

ここで言いたいのは、バックボーンとなる企業文化・風土、さらに組織形態 等を無視した経営スタイルに飛びついても成果が出ないということです。 経営学者のドラッガーは、弱みの修正よりも強みの強化が戦略的な判断だと 指摘しています。 そうであるので、和の気質や自社独自の強みを活かすことが戦略となります。
また話を一変させますが、日本とアメリカは「マネジメント」において興味 深い関係があるように感じられるのです。 アメリカが好調であると日本がその要因である「マネジメント」を真似よう とし、逆であるとアメリカが真似ようとします。 ところが面白いのは、自国流に工夫して変容させることです。

先に述べたトヨタのTQM(総合的品質管理)は、アメリカの統計学者であ るデミングが1950年に行ったSQC(統計的品質管理)のセミナーがそ の始まりでした。 アメリカの先進の管理法を導入したのですが、ところが当のアメリカでは全 く注目されなかったものだというのは皮肉なことです。
このTQMは日本が飛躍的に成長を果たした原動力であったので、後のアメリ カで評価されたのですが「日本的ボトムアップ型TQM」はアメリカの風土に そぐわないという結果となっています。 経営学者のドラッカーは「TQM」は日本だから成功したもので、ここで日本 の「非常識」の特殊性を称揚しています。

「経営」の「目標」

先の日本とアメリカの「マネジメント」の変転の話を続けますが、それぞれの 成果を見て真似るべきベストプラクティスとして導入をはかろうとするのです が、それぞれお国柄が違うので変容しなければ成功がおぼつきません。 アメリカでのTQMはどうなったのか、モトローラ社がトップダウン型に変容 させ「シックス・シグマ」としてアメリカ版を開発しています。
「シックス・シグマ」とは「事業経営の中で起こるミスやエラーを、発生確率 を100万分の3.4のレベルで排除しようとする継続的な経営品質改革活動」 ということで、100万分の3.4が6σ(シグマ)の意味です。 のちに、GE(ジェネラル・エレクトリック)はこれを経営全体のプロセス改 革手法として採用し発展させています。

このGEを率いたのが20世紀最強の経営者と呼ばれるジャック・ウェルチで すが、その経営法は超がつきそうな現実直視の経営です。 企業が好調であるときに将来を見越して、市場でナンバー1かナンバー2にな れない事業分門は切り捨て41万人いた人員を22万人まで削減しています。 それで、その後多くの企業が業績悪化したなか突出した業績を上げています。
ジャック・ウェルチの「経営の目標」は圧倒的に勝つ企業をつくることです。 ジャックは従業員に言い切ります「職を保証できるのは、満足して製品を買っ てくれる消費者だけだ。」「終身雇用は保証できない。しかし、生涯働くこと のできる能力を身につけるられるように最善を尽くす。」と。 目標は勝つことであり、そのために優秀な人材が必要ということになります。

もっともアメリカの雇用慣行では、ごく一部の優良企業でのみ「終身雇用」が 言われているだけで契約によっての雇用関係がベースです。 アメリカでのキャリア形成は本人自身で行うものであり、キャリア・アップす ればより良い環境を求めて移動が行われます。 中国人が、隣の企業の賃金が1元でも高ければ移動するのと同スタンスです。
少し補足しますが、ジャック・ウェルチの言う優秀な人材とはどんな人物かと いうことですが、ただ数字を達成できるということだけではありません。 価値観を共有しないものは、例え業績が突出していてもABCランクの優秀で あるとするAランクとは評価しません。 率直でなくビジョンを同じくしない、協調性の乏しい人材は評価しません。
GEで求められるマネジャーは、市場でナンバー1かナンバー2になるビジョ ンを共有し「頭脳」が明晰で高い目標を設定し実行できる「ガッツ」があり、 率直に部下と意見を交換し巻き込みかつ支援する「ハーツ」のある人物です。 ただし、これでは終わらず、そこに最初に挙げた「シックス・シグマ」の技法 のマスターも求めており「鬼に金棒」となる人材です。
今は過ぎ去った日本が高度経済成長期であった時代、優良な多くの日本企業で はその企業目標は「雇用」の維持だとされていました。 「終身雇用」は企業の活力を生み出す三種の神器の一つだとされていました。 しかし、バブルがはじけリーマン・ショックに見舞われてしまうと「人材」は 経営資源でなく重荷となってしまいました。
そんな中で、リストラを行わずに耐え忍んだ企業も多々ありました。 京セラやトヨタなどがそんな企業で「わが社は人をつくっています」と言って いたパナソニックは残念ながらリストラを行っています。

そこにあるのは、ジャック・ウェルチが言うように「職を保証できるのは、満 足して製品を買ってくれる消費者だけだ。」にどう対するかに尽きます。
京セラの経営理念は「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、 社会の進歩発展に貢献すること。」です。 そこでは「アメーバ」と呼ばれる独立採算の小集団に分けられ、リーダーはオ ーナーとして責任が付与され成果を実現することをもって「物心両面の幸福」 を得ることができることになります。

コスト削減の優等生のトヨタでは、従業員全員が知恵を絞りだし「カイゼンに 次ぐカイゼン」により圧倒的なコスト・パフォーマンにより「圧倒的に勝つ企 業」となって正規従業員の雇用を実現させています。 経営の目標は何か、それは「顧客の満足」を実現するために運命共同体として 成員全員が協同して能力を発揮して「勝つ」状況をつくることとなります。
もう一度反芻します、企業経営の「目標」は何か。 ここまで考えていくと経営の目標を成果活動でない抽象概念「利益」だと言っ てしますと、意味をなさなくなり実のなる行動には導かれません。 勝つ企業になるための価値観と目標設定は、企業それぞれの条件と状況によっ て異なり、適切にそのことを定めるのが経営者の基本的な責務になります。

旭山動物園の「目標」と「経営スタイル」

日本の最北に位置する旭山動物園は、「行動展示」という独自の展示スタイル により上野動物園を抜いて日本一の月間入園者数も記録しています。 元々、地方都市にある来場者も多くない無個性な動物園でした。 もちろん、予算も潤沢でなく来園者を引き付けるパンダのようなスターもいな い状況なかでスタッフの知恵と努力で人気動物園をつくりあげました。

ないないづくしの中から出発したのですが、そこではジャック・ウェルチが言 うところの勝つための3条件「頭脳」「ガッツ」「ハーツ」は整っていました。 そして存亡の危機感の中で「私たちのミッションは何か」「来場者は何を望ん でいるか」が徹底的に考られることになりました。 そこで確認されたことを、とにかく存続のために実行して行きました。
旭山動物園が評判を得るに至るには、興味深いことにエクセレント・カンパニ ー(優良企業)と同じ「経営スタイル」を取っていることです。 あたかも、マネジメントのテキストをマスターしたかのようです。 まず自身のミッション(使命)を確認し、その上に立って共通する価値観のも とに適任者に権限を委譲して自由に能力を発揮してもらっています。

「私たちは何か。」「何をしなければならないか。」というミッションと目指 すべき価値観が明らかになると、そこから共通認識としての「コンセプト」と いう共通概念を導き出します。 共通概念によって共通イメージが形成され共有され、そこからしようとする活 動の到達点であるビジョンを形成して行きます。
「コンセプト」と「ビジョン」の形成は、高い成果のための必須の要件です。 欧米型はトップマネジメントが示し、全員に周知徹底させます。 日本型は全員が参加して、時間をかけてつくりあげて行きます。 スピード感から言えば欧米型が適しており、その浸透度と強さから言えば参加 して創る日本型が優れているとも言えそうです。
成果の実現には価値観の共有が、絶対条件になります。 個人には「個性」と「向き不向き」があるので、分担しての協働が必要です。 価値観を共有し互いに率直に意見を交換しながら、ミッション(使命)に向か って自身の知恵と知識と能力を発揮して貢献し他を支援します。 リーダーの役割は、プロセスを構築・調整することで達成を支援することです。

具体的にリーダーはどうするか、それは2つのことを行うことです。 一つはコンセプト・ビジョンをもとに主要メンバーとともに現場の情報を収集 しつつプロセスとスケジュールと各分野の目標を明確にし示すことで、二つ目 は各分野の仕事が円滑に実現できるように環境整理を行いつつ、最適の人材を 選別して自由に判断し活動できるように権限移譲を行いうことです。
旭山動物園で行われたのが、まさにこのことの実践でした。 「どうしてこれだけの人気が集まったのでしょう。」と問われると「見せ方を 工夫したから。」と答えるのだそうです。 しかし、ここまで来るには、長い時間の思考の熟成と数多くの試行錯誤の実践 と失敗の連続を必要としました。
もともと動物好きの飼育員が集まっているのですが、昭和50年以来最低月一 回「勉強会」を開く伝統があり知恵と知識が蓄積されて行きました。 この伝統が「人気を集める」ことになる重要な仕掛けです。 この勉強会で、全員を巻き込んだ真剣で率直で自由な話し合いが行われ「良い アイディア」が生れ共有化がすすめられました。

最初に確認されたのは、動物園は「レクレーションの場」「教育の場」「自然 保護の場」「調査・研究の場」であるという「存在意義」についてでした。 この「存在意義」について徹底的な共通認識化が促進されました。 ここまで来ると、ビジョンとしてのイメージとお互いの考え方やあるべき役割 が共有・認識され信念を持った実行がなされて行きました。
その結果生まれたのが、動物の「行動展示」でした。 この見せ方は、飼育員が動物の行動を見て感動した経験を来場者に知ってもら おうとして思い至ったもので、Be daring(勇気を持って)Be first(誰よりも 先に)Be different(人と違ったことをする)であり、マクドナルドの創始者 のレイ・クロックがいうところの「成功の極意」そのものです。

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