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32回目 孫子の兵法と経営

孫子の兵法のエッセンス

孫子の兵法は戦争の書ですが、その本質はマネジメントと政治の要諦もあ わせて書かれた「書」です。 そこからいろいろと紐解けるのですが、マネジメントの基本的な概念も導 き出されます。
謀攻篇第三に有名な言葉があります。 「彼を知りて己を知れば、百戦してあやうからず。彼を知らずして己を知 れば、一勝一敗す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ずあやうし。」 これはマーケティングの基本概念に通じます。
マーケティングはお客様の欲求からスタートします。 顧客の欲求を知って、その欲求に合わせて自身の強みを集中的に投入する とき「百戦してあやうからず」です。
創業でよくあるのは、ふとした思いで事業を始めることです。 自分に強みがあったとしても、彼をあまり知らず始めることはよくて一勝 一敗です。 借入れを行って始める事業については、そのあやうさは倍加します。
たしかに、孫子の兵法は現在の経営には直接関係のないこともあります。 しかし、深く読み解いていけばそこには参考になるエッセンスが無数にち りばめられています。
形篇第四に、「だれにもうち勝つことができない状態を整えたうえで、敵 がだれでもがうち勝てるような状態になるのを待った。だれにもうち勝つ ことができない状態は内部のことであるが、だれでもが勝てるような状態 は外部のことである。」としており、
そして、「戦いの巧みなものでも、それを必ずなしとげるわけにはいかな い。」としており、成功の要因は外部にあることを明言しています。 これは、マネジメントの基本概念です。 敵というのは、マネジメントの場合は2つの対象があります。 一つは、企業が貢献すべき顧客であり、もう一つはライバル企業です。
これらは外部にあり「己が整えることができないもので、うち勝てるよう な状態になる機会を見つけることがまず求められ、しかる後に攻撃にかか ります。」 絶えず自身の「強み」を整え、勝てる状況をさぐるます。
各篇のなかで、思わぬ真をついた洞察があります。 情報の重要性を述べているのは用間(スパイ)篇第十三で、 意訳すると「思い切って経営資源を投入する場合、企業の存亡にかかわる ことであり、あらかじめ外部情報を充分に収集することが必要です。」
「外部情報は、占いで知ることはできず、過去の事例類推することはでき ず、社会法則によってはかれるものでなく、必ず直接顧客や現場の声に頼 って知れるものです。」としています。 そして、「もっとも親しくし、費用を惜しまず、秘密裏に行い、思慮深く 、大切に正しく行わなければ活用することはできません。微妙なことであ る。」と述べられています。
経営においては、「顧客情報」「市場情報」「技術情報」「競合企業情報」 などの情報がマネジメントの根幹とあることを述べています。 「知識」こそが成果を生むための源泉です。

戦国大名と孫子

孫子の兵法は13篇からなっており、決して読むのに骨の折れる量ではあり ません。 ただし、正しく理解するのは別ごとですが、 戦国時代の武将もこれを必死に理解しようとしたことが察せられます。 先日のNHKの番組でも、長宗我部元親がこの書を読み戦術に活かした逸話 がありました。
孫子と言えば最も有名な武将は武田信玄です。 武田信玄の「風林火山」がよく知られています。 しかし、孫子からの忠実な抜粋であれば「風林火陰山雷」となるようですが、 広告センスがあるのか、分かりやすいように略しています。
武田信玄の孫子の兵法の事例はいろいろありますが、そのなかで「三方ヶ原 の合戦」は代表的な合戦です。 信玄は、諜報活動が巧みで「透破(すっぱ、とっぱ)」と呼ばれる忍者がし たのか山本勘助がしたのか、三方ヶ原の地形を熟知した戦法は芸術的ですら あります。
信長は、諜報と調略を重視した働きを得意としたようです。 桶狭間の戦いでは、今川義元の首に焦点を定め奇襲を行い勝利していますが、 その折には今川義元の所在をさがしもとめ、その情報をもたらした簗田政綱 を第一番の手柄としています。
信長の行動は現実的でかつ論理的です。 現実的でかつ論理的な分析を骨子とする孫子の兵法を理解していたふしが伺 われます。 武田信玄のように表には出しませんが、かなりの勉強家で孫子をよりどころ にしても不思議はありません。
その戦法が窺い知ると、桶狭間の合戦の「兵とは詭道なり」以外は勝てる状 況をつくりあげて、その機が熟すまで忍耐強く準備を怠っていません。 孫子の言うところ「勝つべきは敵にあり」とあるように相手が負ける状況に なるまでできるだけ冒険を避けています。
孫子の兵法謀攻篇第三に「百戦百勝は善の善なるものに非ざるなり。戦わず して人の兵を屈するは善の善なるものなり。」とあります。 戦えば巨額の費用が要します。 それ故に、戦わず相手を取り込むのが最も上策です。
秀吉は調略の名手で、敵方の内情を徹底的に調べ主従の関係や性格を巧みに 探りだし、味方に引き入れたり離間させたりして、戦わずして戦力の増強を も実現させています。 さしずめ「M&A」のよる戦略増強です。 この能力こそが、信長の合理精神を満足させて重宝し評価することになった とも解釈されます。
経営において、情報の収集とその活用は成果を実現させる最も大切な要素で あってマーケティングの最も根幹をなす考え方です。 顧客が何を欲しているかというという情報が、顧客の視点でわかれば百戦し てあやうからずの状況が実現されます。
最小の経営資源で最大の成果を得るのは、情報がもっとも肝要な要素であり 時代を超えて基本戦略になります。 さらに続けると孫子のなかには現在経営の最も基礎になる論理が述べられて います。 「兵とは国の大事なり、これをはかるに五事を以てし」「一に曰く道、二に 曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法なり」とあります。
“道”とはあるべき成功の基本要因、「顧客の欲求」です。 “天”とは「強み」が活きかつ活かされる機会です。 時代に受け入れらには、まずこの道理に合っていなければなりません。

ソフトバンクの孫子の兵法

ハンバーグのマクドナルドの創業者のレイ・クロックは事業を行うについて 重要なこととして3つのことを挙げています。
1.Be daring.(勇気を持って)2.Be first.(誰よりも先に)そして 3.Be different.(人と違ったことをする)。
ユニクロの柳井さんは、この言葉に勇気づけられて「ファースト・フーズ」 をモデルとして「ファースト・クロージング」をはじめてそうです。 会社の名前も「ファーストリテーリング」です。 因みに、店名のユニクロは「ユニーク・クロージング・ウェアハウス」の略 です。
企業(事業)の興隆は普遍である“道”に則り、その時代の“天”が求める ものを勇気をもって、人と違ったことを、誰よりも先に行うことで実現され ます。
変化する“天”の命により企業は起こり、“天”の命の移ろいにより企業は 廃ります。 現在の経営における“道”とは、人が持つ「欲求」を満たすことを通して企 業を存続させることです。
ソフトバンクの孫さんは、孫子の兵法を自分用に付け加え「孫の二乗の兵法」 を考案し活動の拠り所にしています。 ソフトバンクの経営理念は「情報革命で人々を幸せに」です。 ソフトバンクの“道”は何かというと「人々を幸せに」です。 ソフトバンクの“天”は何かというと「情報革命」です。
「孫の二乗の兵法」では理念に続けて、ビジョン、戦略、心構え、戦術と続 きます。 「ビジョン」では、“頂”「自ら登る山を決め、山の頂上から見える景色を 思い描く」を述べています。
孫さんのITにかかわった最初から、コンピュータICチップの中に拡がる 広大な美しさに感動して「豆腐屋のように、「1兆(丁)、2兆」と売上を 数えるようなビジネスをやると明言しています。 低い山から見える景色は、穏やかであっても壮大ではありません。 最初に見ようとする景色によって到達点が定まるようです。
また、“七”「七割以上勝つという見込みを得られるまで詰める」、夢の実 現であっても七割以上勝つ見込みがなければチャレンジしません。 と言いながらどんなにリスクがあっても七割以上見込みがあれば、無謀と見 なされた「2兆円かけてのボーダーフォンの賠償」も決断しています。
戦略では“一”「圧倒的なナンバーワンにこだわる」“攻”「すべての分野 において攻撃力を持つ」、ナンバーワンになるために経営者が率先して闘い の第一線に出て行き激しき攻撃を行っています。 一方では“守”「キャッシュフロー、コンプライアンスなど、守りをしっか り固める」としてファイナンス(金融)にも強く無謀ではありません。
現在の孫子(孫正義)は、兵法の基本に基づいて合理的にかつ「兵とは詭道 (相手の裏をかくしわざ)なり」を実践しています。 詭道とは、勇気を持って、誰よりも先に、人と違ったことを行うことです。 それも、目指すのは一番です。
「詭道」こそが、あるべき道です。