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68回目 「経営者の考え方」と「働く人のやる気」の関係

その時、経営者はどう考えるか

お金で「やる気」は買えるかと言えば、恐らく90%の割合で「そうだ」と 返事が返ってきそうです。 そんな中で、少し苦い顔して肯定しない経営者がいるはずです。 私の勝手な予想ではそんな経営者が経営している企業は、おそらく少しの波 はあるもののいたって良好な業績を続けていることでしょう。
ある中国通の専門家に話をする機会がありました。 中国の従業員にきっちり仕事をしてもらうにはどうしたらよいか聞きました。 「中国の人は、処遇と仕事を明確に規定して約束をまもればきっちりと働い てくれる」ということです。 しかし、隣接企業での報酬が1元でもよければそちらに移って行くそうです。
「中国人なら、そんなところがある。」と納得される経営者が多くおられる と思います。 特に早くから進取の気持ちで低賃金が魅力で生産基地をつくられた経営者の 方は、「生な」かたちで実体験されおさらでしょう。 しかし、そんな中でもうまく事業継続している会社もあるのですが。
先の話に戻しますが、事業を行う上で経営者は、多くの失敗と経験を重ねな がら経営の核心をつかんでゆかれます。
ヤリ手の創業者が最初によく躓くのは、給料さえ払っておけば人は働くだろ うと考えて人格を軽視しておこる思わぬ破綻です。 ある日気が付けば、誰もいなくなっていたということも起こります。
そんな時に経営者は、2通りの考えを持つことでしょう。 1つは「給料をきっちり払っていたのに何で裏切られなければならないんや」 と思う経営者と、もう1つは「何が悪かったのか、どうすれば一生懸命に働 いてくれるのか」と。
ここで2番目の何故かを考えて、答えを見つける経営者が勝ち組になります。

一番最初の「お金でやる気は買えるか」の問いに、黙って苦笑いした人こそ が「やる気のマネジメント」の「コツ」に出合った人です。 やる気と行動力があり身を粉にして寝る間を惜しんで働く人は、どんな事業 に進出してもある程度成功を手に入れられることでしょう。 しかし、従業員を雇用し規模が大きくなると少し事情が違ってきます。
東京・横浜に34店舗を有し「牛たん とろろ 麦めし」で繁盛している「ね ぎし」の経営者根岸榮治さんも、創業時にヤリ手であったがために苦い経験 をされた一人です。
これは、ヤリ手であればあるほど一度はくぐらねばならない洗礼体験のよう もので、その時に何を思い悟るかが今後の繁栄を左右する機会となります。
そのエピソードは、以前も紹介させていただいたのですが。 創業当時の経営手法は「東京の流行を地方に持ってくる」でしたが、ある時 店へ顔を出すと報酬にひかれたスタッフが全員逃亡し、同業態の新規開業ラ イバル店に引き抜かれるという事態に直面しました。 ここで経営者はつくづく考えて、新たな経営方針を確立されて行きました。

「ねぎし」は経営の目的を「働く仲間の幸せ」とし「人の成長100年企業」 を目標に「共に学び、共に築き、共に進もう、そして、共に幸せになろう」 の「共にの誓い」のもとに現場が決める企業に変身させました。 店の現場スタッフのアイデアにより運営の全ての仕組みを作り上げ、毎年の 目標や経営方針も店長たちが決定する仕組みがとられることになりました。
このような企業の経営転換は「ねぎし」だけの特殊なものではありません。 ほぼ全ての経営者に起こり得ることで、そんな中で何故かと自問して「企業 は人なり」と気付いた時にこそ「普遍の経営手法」に行き着くと言えます。 あの大経営者である「京セラ」の稲盛さんも、なるべきして同じような事態 に遭遇して「あるべき経営理念」を構築することになりました。
決して愉快でない失敗であり経験ですが、この時の経営者の「気付き」こそ が「人とは何か」「どうすれば人のやる気を引き出すか」という経営の根本 課題を悟る契機となります。
「悟れば」名経営者になり「悟らなければ」悩める経営者で、最も悟られた 松下幸之助さんは「私の会社は、人をつくっています」と言われています。

気づいた価値は百万両

また同じテーマ引き出してお話しているようですが「大切なことは身体の一 部になるまで繰り返せ」の道理に沿ってお伝えします。 「人のマネジメント」について京セラの稲盛さんが遭遇された真実の瞬間を 辿って、気付きの考察を試みてみます。 優良企業の道は、気付きを契機とした考え方の転換に「神髄」があります。
稲盛さんは事業始めに二つの大きな名経営者の「気付き」を行っています。 一つは創業前からと言った方がよいかも知れませんが「時代の兆し」につい ての「気付き」で、前職で携わっていたファインセラミックスの研究での成 功体験と顧客の反応がきっかけになっています。 ここに「技術で世に問う」という基本戦略が生れることになりました。
「稲盛和夫の技術を世に問うための場」ということで、仲間と支援者の協力 もあって一年目から黒字計上しての順調な出だしでした。 三年目には11名もの高卒の従業員の採用もでき、これからというそのとき に「気付かされる」出来事が待っていました。 それは、ハードワークの中で将来に不安を感じた11名の団体交渉でした。
具体的にボーナス額や昇給率を求める要望があり「将来のことなど約束でき ない。しかし、きっと将来みなさんのためになるようにしてあげる」さらに 「騙すようなことがあったら、私を殺しても構わんよ」という3日3晩説得 によってなんとか納得させることができました。 そこで「会社の目的は、何なのかということ」の自問自答がはじまります。
大変に悩み葛藤もしたなかで行き着いたのは「従業員やその家族の生活を守 る」が、会社の目的にならざるを得ないなという思いでした。 ここに「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という骨子ができ、社会の 公器としてよりよき人生の意義を実現したいとの思い「人類社会の進歩発展 に貢献する」も加って京セラの経営理念が誕生することになりました。
ところで、日本では偉大な経営者はどうしてなのか、いつも求道者のイメー ジが強くなり松下さんに至っては「松下教」とさえ言われます。 稲盛さんは出家、正確には「在家得度」というものなのだそうですが、実際 にお寺で修業して托鉢もされました。 名経営者の考えの行き場所は、人間としての生き様「利他」なのです。
大成した経営者は「利他」の精神こそが、組織に強みとなり従業員に「やる 気」をもたらす基本要因であると諭されます。 稲盛さんは「共有出来る大義名分のある企業目的が生まれた瞬間が、経営の 本質を理解し始めた瞬間でもあった」と言っています。 松下さんは「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」と言っています。
「『利他』の経営理念のもとに経営者自身が率先垂範して活動するならば、 何の気兼なしに堂々とリーダーシップを発揮して従業員を導いて行けます。 『高邁な目的、意義』つまり『大義名分』があることで、はじめて全従業員 が力を合わせ結集することが可能となる。」と稲盛さん言われます。 松下さんですが、同じ感慨で「経営に筋が通った」と言っておられます。
週刊朝日の稲盛さんに関する連載記事におもしろい応答があります。 「きれいごとだけで仕事はできないのでは?」という問いに、「利己の考え 方では、最初はうまくいってもやがて軋轢や障害が生じうまくいきません。 利己だけでは、仕事も人間も成長が止まってしまうのです。利他は回り道の ようですが、自分に戻ってくるものです。」と言われています。

「やる気」を補完する「仕事のマネジメント」

人は善か悪か、はたまた怠け者か働くことを好むかという論争があります。 マグレガーという心理学者は「X理論Y理論」という学説を提唱していて、 X理論では怠け者説をY理論では働き者説を述べており、自身は条件が整え ば人間は自ら責任を引き受け進んで働きたがると考えたようです。 両面がありますが、どう導くかがマネジメントの役割になります。
人にはそれぞれの特質や個性がありますが、ただ断言できるのは「正しい考 え」のもとに論理的に仕事のシステムやプロセスが設計されていないのであ れば「人間の本性」がどうであれ成果を得ることはできません。 「やる気」を活用するには、正しい「仕事のマネジメント」が必要です。 合理性を欠落すると、すべての人の「やる気」を疎外してしまいます。
「仕事のマネジメント」は「目的」を明確にしたうえで、成果が実現できる ようにに構築されなければなりません。 ここで求められるのは、実現性を踏まえた合理的・論理的な判断です。 成果とは何かそれは企業の使命であり存在理由たる顧客・社会への貢献であ り、そのような企業が存続できるように利益を獲得することです。
「仕事」には定義があります、それは成果を実現させる活動であることです。 いくら「やる気」を持ってエネルギーを注入しても「成果」と無関係の活動 であれば、それは「仕事」ではなく場合によっては障害ともなりかねません。 システムやプロセスの役割は、成果を実現する「仕事」が実行できるように ようにまた「やる気」が活性化するように適切に導くことです。
「やる気」と「仕事のマネジメント」のかかわり合いについて述べます。 二つあり一つは「やる気」を引出し活性化させる役割で、あと一つは「成果」 と「やる気」を結びつけて利益へと導く役割です。 「やる気」を出させるためには、その人の基本欲求が満たすなかでより高次 の欲求が満たされるか満たされる可能性を示す必要があります。
「欲求5段階説」という学説があり、これを手がかりにして考察します。 人には当然の生きたいという基本欲求があり、さらにその補償を欲します。 さらに所属できる集団を求め、その中で秀でて賞賛されることを望みます。 はたまたこれらとは異次元の高みの欲求として、成長や達成感や他への貢献 や自己実現の欲求を持ちます。
「経営のコツ」を知る企業は、従業員が持つ欲求を満たすことによって「や る気」を引き出し活用することによって成果へと導いてゆきます。 しかし、先に述べたように仕組みづくりができなければ、企業は顧客の欲求 を満たすこともできないし利益を得ることもできません。 マネジメントは、「人」と「仕事」のマネジメントの上に成り立ちます。
このことを、どのように実現していくか事例をもとに見てみます。 トヨタ自動車は戦後の間もなく、折からの経済引き締めをもろに被りさらに メインバンクにも見捨てられて大量の人員解雇という辛い経験を持ちました。 ここで労使ともに身に染みて味わったのが、運命共同体を自分たち自身の手 で守ろうという感慨でした。
もともとトヨタは豊田喜一郎さんが、自動車産業が日本の将来をささえる柱 ともなるという大望により誕生させた会社でした。 それもアメリカに負けないためには、3年で追いつき追い越さなければとい う目標を持って事業に取り組みました。 ジャストインタイムの構想も、豊田喜一郎さんのアイディアでした。

豊田喜一郎さんから社長を受け継いだ石田退三さんは若手社員がいると「君 らが頑張れなければ、この会社はいつつぶれるかしれないぞ。」と言い続け 危機感を忘れることを戒めたそうです。 元々進取の「やる気」ある会社が、危機感をもとにTQCを強みとする全員 参加の「乾いた雑巾(知恵)を絞る」企業に強化されて行きました。
「やる気」をどのように引き出すかという、チョットした事例を紹介します。 ホンダが東京に進出して中古の工場を買い取って、充分資金のない中で経理 もおどろくある設備投資を真っ先に行いました。 それは「水洗トイレ」の設置で、本田さんの指示によるものだったそうです。 パナソニックも九州松下工場設立においては、同じことを行っています。
また心理学の理論も持ち出しますが、ハーズバーグの動機付け理論によると 人が「やる気」になるのは高次な欲求が満たされた時だとしています。 高次の欲求とは、「達成」「承認」「仕事そのもの」「責任」「昇進」「成 長」だとしています。 そして心地よい環境などのみでは、「やる気」つながらないとしています。

京セラでは全従業員を自主的に経営に参加させる「アメーバ経営」という経 営システムがとられ、部門別の責任者と採算が明瞭に把握されます。 これは、「達成」「責任」「成長」など高次の欲求を満たすシステムです。 先に述べた経営理念とあいまって、機会をとらえて従業員自身の自覚のもと に協力して励むことによって「物心両面の幸福」を獲得することができます。
ここで少し補足のために、GEの雇用の条件をふりかえり考えて行きます。 GEでは「あなたの雇用を保証するのは唯一顧客です。私たちはあなた自身 の雇用が保証されるように最大に支援します」とあり、事実業績が下から数 えて10%を超えていなければ解雇されます。 京セラでは、解雇はないものの励まなければならないことは同じです。

≪アベノ塾≫ URL:http://abenoj.jimdo.com/