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58回目 「戦略」の風景

戦略家の背景

ソフトバンクの孫さんは、自身の戦略行動を再確認するための基準として 「孫の二乗の兵法」を編み出しています。 これは「理念」「ビジョン」「戦略」「将の心得」「戦術」の階層に分け られており「ランチェスターの法則」「孫子の兵法」「自らの孫正義の兵 法」をミックスして創ったとしています。

孫さんの経営手法を見ていると孫氏の兵法にある「兵は詭道である」その もののようで、意表を突くものがあると感じてしまいます。 「未来」は窺い知ることはできませんが、「道、天、地、将、法」を判断 基準として推し量り果敢にそれでいて「リスクヘッジ」も怠らず最先端・ 最良の「機会」に向かってチャレンジしていると捉えられます。
孫さんの兵法は、瀬戸際のようでいて落ちずに来ていて微妙です。 「孫の二乗の兵法」は「孫子の兵法」の14文字を超える25文字よりな っており現代経営の複雑化にともなった複雑になっているのでしょう。 この孫さんの兵法の核心は戦略で、戦略が本来持つ「捨て身」で「大胆」 でかつ結果的にはそれしかない最もロスのない手段をとっています。
「孫の二乗の兵法」の中身を吟味すると、最良の成果を実現できると思わ れる事業へのチャレンジを戦略が本来持っている攻め中心でありながらか つ破滅しない仕組も持ちながら最適と思える活動をおこないます。 自分でこの文章を書きながら、「・・・しながら」、「かつ・・・」とい 言葉が続けているのに気付きますが、それは戦略の微妙さ故です。
戦略のむずかしさは「未来は誰も分からない」「分かっている事業には既 にチャンスはない」「困難なことこそチャンスがある」「些細なことが競 争の優位さをもたらす」など、「教科書はどこにもなく」「誰に聞いても 分からず」「簡単でありながら困難である」などおよそそのあり方が人智 を超えたことを実行しなければならないことにあります。
しかし、戦略にはきっちりとした行き方もあるのです。 「戦略」を目指す人には、共通する心象風景を持っているようです。 孫さんも、戦略的な発想と行動を起こさしめる環境があったようで、 孫さんは司馬遼太郎の「竜馬が行く」を読んで感じるところがありそれを 事業を行う「よりどころ」にしていると発言されています。

坂本竜馬にしても孫さんにしても、その生い立ちには理不尽などう考えた らよいか分からない差別への怒りがあったようです。 孫さんは在日韓国人として戸籍も無番地と表記されるほどの環境でした。 「賢さ」と「自尊心」のある人たちが日常の理性を越えた矛盾を昇華する のには、普遍性へ向かわなければ治まらなくなるのが道理なのでしょう。

少し前提の話が長くなっています。 これではマネジメントの解説になっていないのですが、前置きが長くなっ たのは孫さんを引き合いに出して戦略の持つ雰囲気を説明したかったから で、安定や知性や合理的な思考からは覚醒は生まれずむしろ危機や執念や 怨念などさらに使命感といった人間の情念的な営みから生まれます。
戦略には「知識や分別」ではなく「知恵と大胆」さが必要です。 それも小賢しい知恵や無分別の大胆さではなく、捨て身の命がけの信念と 頭が千切れそうにもなる思考と活動が求められます。 松下幸之助さんが「不況また良し」と言われていますが、危機感のなかで こそ人は真実を見て知恵を強制される「機会」が生れるからです。

「戦略」のあり方

戦略の目的は、より少ない資源で最も大きな成果を実現することです。 より多くの成果を実現するには、他に抜きんでて成果の源泉である「顧客の 満足」を実現させることです。 他に抜きん出るためには、経営資源を最も革新的に有効に活用することです。 経営資源を最も生産的に有効に活用するには2つの条件が必要です。
まず、最も必要な経営資源は何かを考えてみます。 それは当然「人」で、それも人が持つ「知識」とそしてその「活力」です。 次に生産性ですが、「仕事」を「従業員の欲求」を満足させながら「効用」 を創造・生産するのに適切に設計されているかどうかで「コンセプト」「ビ ジョン」「プロセス」「組織」「管理」のあり方が問題になります。
「仕事」について時々思い違いをされますが、労働時間やハードさそのもの ではその効果を推し量ることはできません。 「顧客の満足」や「従業員のやり甲斐」で効果を推し量ります。 トヨタ生産方式でも「ムリ、ムダ、ムラ」を嫌います。 「ムダ、ムラ」は、最初から論外で「ムリ」も「ムダ」と同一視します。
労働時間やハードさが無意味かといえば、成果を上げるためになら必要です。 日本電産の永守さんは、創業間もないころ大手に勝てるにはどうしたらよい か考えてそれは「時間」であると思い至ったと言っています。
それしかない、注文先のムリな依頼をクリアしてこそ浮かぶことができる。 技術、ノウハウ、ブランドがなくとも「時間」が武器になると考えました。

孫さんの話にまた移ります。 孫さんはやむにやまれぬ気持ちで、高校を中退してアメリカに行きました。 そして兎に角、チャンスを見つけ出すため「鬼」になって勉強し結果的には カリフォルニア州バークレー校に入学し、そこで出会ったのがコンピュータ で「情報革命で人々を幸せに」のコンセプトの始まりです。
孫さんがアメリカで最も感動したのはマイクロコンピュータのチップです。 たまたま見た雑誌にチップの不思議な虹色の幾何学模様の写真が掲載されて いたそうです。
このチップはやがては「人間の脳細胞を超える」と考えた時に、あまりの感 動のなかで将来を垣間見てしまい「ミッション」が決まった瞬間です。
ミッションは戦略の方向性を決めますが、孫さんの場合は将来の人類の未来 像がビジョンとして直感されたと言っています。
人が望むよりよい欲求と関わらないモノには「伸び代」なんてありません。 やることが見つかれば、後は日本電産の永守さんの言う「情熱・熱意・執念」 でもって「 すぐやる! 必ずやる! 出来るまでやる!」しかありません。

「戦略」は知ることの困難な未来に向けてジャンプすることです。 しかし、まったく知りえないかというと何らかの予兆があります。 また既存の事業であっても、人間にとって本質的に役立つ「効用」に沿うも のであれば「よりよく欲求を満たせ」ばチャンスがあります。 とにかく大小にかかわらず焦点を絞り、よりよく欲求を満たすことです。

被服は「人体の保護や装飾を目的に身体に着用するもの」という「効用」を 持っていますが、「時代」を越えて戦略的活動があります。
成功した事例として江戸時代には呉服商の「三井高利の越後屋」があり、現 在では「柳井さんのユニクロ」がありますが、どちらも満たしきれていなか った欲求をよいよく満足させることによってチャンスを手に入れました。

「三井高利の越後屋」は全くもって戦略的商いの典型です。 その頃の一般庶民は大店の呉服店には相手にされず古着を着ていたのですが、 掛け値なしのディスカウントで一反まとめ買いでなく切り売りOKでおまけ にすぐ仕立てのサービスもあり、さらに座布団お茶付きのリッツカールトン ばりの「もてなし」も受けられました。

予兆から大きく飛躍した事例としては、電気で成功したエジソン(GE)、 自動車のフォードやGМ、コンピュータのIBM、コンピュータソフトのマ イクロ・ソフト。 日本では、電気のパナソニック、自動車のトヨタ、ホンダ、ニッサン、AV 機器のソニーなど代表的な大企業は時代の予兆に集中して成功しています。
孫さんは「志」をもってアメリカに行き、そこでマイクロコンピュータのチ ップに出会ってそこに時代の予兆をビジョンとして見て感動しました。 孫さんの事業の焦点は「情報革命」で、ここを核として新たなビジネス・モ デル構築して、一流の人の知識を活用するために連携やヘッドハンティング を繰り返しながらスピード感のあるチャレンジを続けています。

「戦略」と「専門家」

孫さんは、いつも危機感のなかで超一流の相手の懐に飛び込んで行きます。 まさに息もつかせずに駆け抜けようとするかの如くです。 そこには行動を起こさずにおかない生い立ちがあったのですが、そこに高み に上ろうとする意思が加わったことが戦略の起爆力になっています。
大きな成果を得ようとするならば「意思」と「考え方」が始めです。

孫さんのビジネスのパターンは、志をもってアメリカにわたり最初の大ヒッ トの「電子辞書」を創り上げたことがベースになっています。 それは「組む以上はナンバーワンのところと最初からがっちり組む。」で、 この電子辞書は、超一流の教授や助教授であった「ハード設計者」「プログ ラマー」の懐に飛び込み必死の説得が功を奏してできあがったものです。V このときに教授に言われたことが「プロジェクトがうまく行かなかった時の 失敗の原因は、リーダーが明確でなかったことが多い」です。
方向性、スケジュール、調整を行うのがボス(経営者)の役割です。 プロジェクトを成功に導くには、専門家が持つ知識、ノウハウ、スキルを経 営者が成果に至るように支援することが肝となります。V

戦略の出発点は、最初から最大の成果を得ることを目指します。 最大の成果を得るのは、「ナンバーワン」にしか成しえないことです。 「ナンバーワン」になるためには、とうぜん高い「志」と明確な「ビジョン」 と「最高の専門家」や「一流のパートナー」が必要です。 ただし、最高の専門家イコール高学歴の人とはまったく言えませんが。
5月11日に行われたソフトバンクの決算発表会で、グーグルから引き抜い てきた「ニケシュ・アローラ氏」が最有力の後継候補に指名されました。 驚きの人事だったのですが、孫さんとの出会いは約5年前で「ヤフー」にグ ーグル製エンジンを導入する交渉の場です。 この時の「交渉相手としての手ごわさ」が後継者指名となりました。

ソフトバンクの直近の財務状態を見てみますと総資産21兆円ですが、そこ に占める負債は17兆円(資産の82%)で純資産は4兆円(18%)です。 この数値から見ると決して安定企業の水準ではありません。 まさに、自身が言うように「ベンチャー企業」の典型です。 孫さんのスタイルは、情報革新がなくならない限りのあくなき成長戦略です。
いつも止むとも分からない博打的と見られる投資が続けられています。 ボーダフォンの買収のときは、情報革命というビジョンの実現のためには避 けて通れない道であり、2,000億円の資金しかないのにかかわらず2兆円 の買い物を成し遂げています。 ここには、ファイナンスの深い知識と知恵が潜んでいることが窺えます。
孫さんが言うには事業を行なうときは9割方先行きが見えており、また3割 の損切りで収まるなら「知識・経験」への投資として実行するのだそうです。 しかし無策な冒険主義ではなく、ソフトバンクモバイルは別会社であり最悪 出資額内の損失で済み本体が崩壊しないように配慮されていました。 一見「破れかぶれ」のように見えて、周到な配慮がなされていると言えます。

ファイナンスの強さの「からくり」は、孫さんには指南番がいることです。 孫さんの特徴は、絶えず超一流とかかわります。 2,000億円しかないのに2兆円で買い物をしたのにも超一流の専門家がつ いていたからできたことで。
野村証券出身の北尾義孝さん、旧富士銀行出身の笠井さんなどがいました。

話かわってソフトバンクには、なんでも注文できる社員食堂があるそうです。 専門家にはそれなりの遇し方があります。 現場で働く人が、もっとも顧客に貢献してくれる現場の専門家です。 ソフトバンクアカデミアでは、ニケシュ・アローラ氏が後継指名を受けたので すが一流となる「マネジメント専門家」の発掘を策し続けています。